2020.08.19

「もう終わりかな」と思ったフジカキペアが銀メダルを獲得できた理由

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by PHOTO KISHIMOTO

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スポーツファンの興奮と感動を生み出す祭典・オリンピック。この連載では、テレビにかじりついて応援した、あの時の名シーン、名勝負を振り返ります。

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 日本の女子バドミントンはかつて、国別対抗戦ユーバー杯で1966年から81年まで6大会で優勝5回、2位1回と高い実力を見せつけていた。しかし80年代半ばの中国チームが台頭すると、低迷期が続いた。そうした状況で、2012年ロンドン五輪女子ダブルスの藤井瑞希・垣岩令佳組の銀メダルは念願の快挙だった。

2012年ロンドン五輪バドミントン女子ダブルスで銀メダルを獲得した藤井瑞希(写真右)と垣岩令佳 バドミントンが五輪の正式競技となった1992年バルセロナ五輪で松野修二・松浦進二組の男子ダブルスが、2000年シドニー五輪で女子シングルスの水井泰子が、共に5位入賞を果たした。だが、それ以外は結果を出せない時期が続いた。特に04年アテネ五輪は、男女シングルス4名と男女ダブルス4組、混合ダブルス1組が出場したが、2回戦へ進んだのは女子シングルスの森かおりのみ。他はすべて初戦敗退。チームの全成績は1勝9敗という惨憺(さんさん)たる結果だった。

 このアテネの惨敗を機に日本バドミントン協会は、五輪や世界選手権で優勝し、「ダブルスの神様」とも称された韓国の朴柱奉(パク・ジュボン)氏をヘッドコーチに招へいし、強化に本腰を入れた。そこから、結果が出始めた。

 07年世界選手権の男女ダブルス銅メダル獲得を皮切りに、08年北京五輪は女子ダブルス4位と5位、男子ダブルス5位と3組が入賞。世界国別対抗戦である男子のトマス杯と女子のユーバー杯では、10年と12年は共に3位。日本は、強豪国の仲間入りを果たしたのだ。