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荒川静香「この4分間が集大成」トリノ五輪金メダルの演技は「不思議な感覚でした」 (3ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Toshimi Oriyama

【プロ転向後に果たした大きな役割】

 その後は代表になっていた世界選手権出場を辞退し、5月には競技引退とプロ転向を発表。自身が企画・プロデュースする『フレンズ・オン・アイス』を開催するなど、アイスショーでの活動を始めた。そこまでの過程を2007年にはこうも語っていた。

「私のアマチュア時代はアイスショーがフィーチャーされる前だったけど、2003年世界選手権の前にアメリカでアイスショーを見て、『すばらしいな。こういう世界で滑ってみたいな』と強い印象を受けました。それから実際に滑る機会をもらった時に『やはりここで滑りたい』という最後の確認ができて。2004年世界選手権で勝った頃も順位にはあまりこだわりがないというのもあり、ルールに沿って滑る競技というより、自分は滑ること自体が好きなのでそれを重点的にやっていくアイスショーの世界が向いているのかなとも思っていました。

 ただ、アイスショーで自由に滑れるスケーターは本当に少ないし、そういう立場になるにはタイトルや実績がないとダメだとも言われた。世界選手権で優勝したあとはそういう立場に近づいたと思えたけど、周囲から『五輪に向けていいステップになりましたね』と言われると悩んでしまい、『プロになります』と宣言するような強い気持ちも持てなかった。だから2005年世界選手権がダメで『これは自分の終わり方にふさわしくない』と思った時、本当に満足しなければ終われないという気持ちが強くなりました」

 悩んだ1年間があったからこそ次へ進めて、プロスケーターとしてのスタート地点に立てたと話していた荒川はその後、それまで日本では一般的ではなかったアイスショーの存在感を一気に高める役割を果たしてきた。そして今も表現者としての熟成した演技を、さまざまなアイスショーで見せ続けている。

終わり

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<プロフィール>
荒川静香 あらかわ・しずか/1981年、東京都生まれ。仙台で過ごした幼少時代からスケートを始める。1994〜1996年の全日本ジュニアフィギュア選手権で3連覇。シニア移行後、1997〜1998年の全日本選手権を連覇。1998年長野五輪出場。2004年世界選手権では、日本人3人目となる世界女王に輝く。2006年トリノ五輪では自己ベストを更新し、アジア人初の金メダル獲得。2006年5月にプロスケーターとなり、本人プロデュースのアイスショー『フレンズ・オン・アイス』をはじめ、国内外のアイスショーで精力的に活動している。

著者プロフィール

  • 折山淑美

    折山淑美 (おりやま・としみ)

    スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。

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