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荒川静香「この4分間が集大成」トリノ五輪金メダルの演技は「不思議な感覚でした」 (2ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Toshimi Oriyama

【大舞台で見せたスケート人生の集大成】

 全日本選手権後にタチアナ・タラソワとの師弟関係を解消し、かつて振り付けを依頼していたニコライ・モロゾフの指導を受けることを決断。さらにはフリーで使っていた『幻想即興曲』をSPとし、フリーは2004年世界選手権優勝時の『トゥーランドット』に変更し、2006年2月のトリノ五輪に挑んだ。

 このシーズンの結果を見れば、GPシリーズのロシア大会でシーズン世界最高得点の198.06点を出している前季世界女王のスルツカヤが頭ひとつ抜け出し、それを170点台で安定する荒川とコーエンが追い、全日本選手権で非公認ながら194.16点を出した村主がどう食い込めるかという状況だった。

 しかし荒川は、万全ではなかった。大会1カ月前から右足の踵(かかと)が靴擦れで痛み出し、直前には練習ができない時もあり、右だけスペアの靴に替えてリンクに立った。そのSP、スルツカヤがスピードのあるノーミスの滑りで66.70点を出したあとの演技だった。

 荒川は、最初の連続ジャンプではルッツの着氷がうまく流れず3回転+2回転になったが、その後は流れのある滑りをしてスピン3本とスパイラルをレベル4と取りこぼしのない演技をし、公認の自己最高得点となる66.02点をマーク。

「シーズンを通して自己ベストを更新できずにいましたが、ここでそれができてビックリしたし、ホッとしました。そこまで基礎の力が上がったのかなと思い、すごくうれしかったです」

 荒川は納得の表情を見せた。その後、最終滑走のコーエンが66.73点を出し、荒川はSP3位発進となった。0.71点差で競り合う上位3人のメダル争いの様相が強くなった。

 勝負のフリー。最終組3番滑走の荒川は、ひとり前のコーエンが3連続ジャンプの予定だった最初の3回転ルッツで転倒するなどミスが出る滑り出しに。その後は立て直したが合計は183.36点にとどまっていた。

 そして荒川は、最初の3回転ルッツ+3回転ループをコーチの指示で3回転+2回転に抑え、その次には「絶対に入れたかった」と話す3回転サルコウ+3回転トーループだったが、トーループでは「跳んだ瞬間にバランスが崩れた」と2回転に。

 それでも3回転フリップを決めたあとのコンビネーションスピンとスパイラルをレベル4にして気持ちを立て直し、後半のルッツが2回転になったがそのあとのイナバウアーで会場を沸かせると、3回転サルコウからの3連続ジャンプもきれいに決めて笑顔を見せ、最後は握り拳を強く振り下ろす満足の演技をした。

「ショート3位で『もしかしたらメダルも』とチラッと思いましたが、余計なことを考えないようにしようと考えて臨みました。この4分間の演技が私のスケート人生の集大成になるのかなと思いながら滑りました。今までは失敗を考えると滑りが小さくなったりしていましたが、今日は失敗してもそれを考えることなく滑れる、不思議な感覚でした」

 その得点は自己最高得点を約9点上回る125.32点で、合計も自己最高の191.34点。最終滑走のスルツカヤが不安定な演技で後半の3回転ループで転倒し合計181.44点にとどまったことで、荒川のアジア人初の五輪金メダル獲得が確定。この大会の日本チームにとっても唯一のメダルとなった。

「今回は『どうしてもメダルを』と思って臨んだというより、やってきたスケート人生のなかで最高の舞台にしたいという思いのほうが強かったです。優勝はびっくりしたし、ウイニングランも頭の中が真っ白の状態でリンクを回っていました。2004年世界選手権優勝から迷いながらスケートを続けてきましたが、今は続けてきたことがよかったと思うし、続けるように道を作ってくれた周りの人たちに感謝しています」

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