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【ミラノ五輪】坂本花織が団体戦でも死力を尽くしたわけ「全員がほぼ完璧な演技をしたというのは本当にすばらしい」 (3ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Toshimi Oriyama

【納得の演技で勝ち獲った銀メダル】

 坂本は得点に続き、暫定順位が表示されると涙を流して喜んだ。ポイントをアメリカと同点にしただけではなく、暫定ながら勝利数差でアメリカを抜いて1位に立ったからだ。それは4年前、(ロシア・オリンピック委員会のドーピング違反による)繰り上げ銀メダルとなった北京五輪後から目指してきた光景だった。

「北京の時から、りくりゅうや(鍵山)優真君と『ミラノオリンピックでももう一回メダルを獲れるように頑張ろう』という話をしていた。北京でメダルを獲れた時から、団体戦も個人戦と同じくらいに重要な試合だなという位置づけに変わってきた。

 体力面で心配されるとは思うけど、やっぱり日本が勝つためには『この人しかいない』という戦力として自分たちを使ってくれるのがうれしいし、自分たちも(その期待に)応えたい。私の演技が終わった段階でメダルがほぼ確定したのは、4年前よりみんながさらに成長できたからだと思うし、本当にいいメンバーがそろったんだなというのがすごくうれしかった」

 結局、結果はアメリカに1点差の2位に終わったが、アメリカを追い詰めて一時トップに立った銀メダルは価値のあるものだ。五輪前に話していた「繰り上がりではなくて、正真正銘の銀メダル以上を獲りたい」との言葉を現実にした坂本は、北京五輪との違いをこうも話した。

「今や(団体戦も)メダルが狙える位置に日本がいて......。北京の時のメダルはけっこう"奇跡"な感じだったけど、今回は本当に優勝を狙って頑張ってきた団体戦なので、4年前とはやっぱり気持ちも全然違います。個人戦くらいに今は団体戦も大事カテゴリーなので、そのなかで全員がほぼ完璧な演技をしたというのは本当にすばらしいことだなと思いました」

 納得の演技での銀メダル獲得は、2月17日からの個人戦・女子シングルにも必ずつなげるーー。団体戦でメダルを手にした坂本の表情からはそんな決意も感じられた。

著者プロフィール

  • 折山淑美

    折山淑美 (おりやま・としみ)

    スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。

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