【ミラノ五輪】「優勝したかった...」佐藤駿は泣き崩れるも、王者マリニンに真っ向勝負を挑んだ勇姿に注がれた喝采
ミラノ・コルティナ五輪フィギュア団体男子フリー、最終滑走で演技した佐藤駿 photo by Sunao Noto / JMPAこの記事に関連する写真を見る
ミラノ・コルティナ五輪、2月6〜8日(現地時間、以下同)の3日間で行なわれたフィギュアスケート団体競技では、男女シングル、ペアのショートプログラム(SP)とフリー、アイスダンスのリズムダンスとフリーダンスの8種目を戦い、日本は坂本花織(女子SP、フリー)、三浦璃来・木原龍一(ペアSP、フリー)、鍵山優真(男子SP)と、5種目で1位だった。
「最高のチームだった」とはチーム関係者から聞かれた表現だが、胸が熱くなるような戦いを彼らはやってのけている。最後は、総合力で勝るアメリカに1ポイント及ばなかったが、リレーのバトンをつなぐように仲間を思う戦いは熱く、現地でも喝采を浴びていた。輝かしい銀メダルだ。
「このメンバーだからこそ、いいバトンを受けられました。感謝しかありません」
男子フリーで大トリを飾った佐藤駿はそう振り返っている。胸中に交錯する思いを強く封じ込めているのか。その苦悶と自負と感謝が、誇り高い勇姿になっていたーー。
【真っ向勝負で全ジャンプ成功】
2月8日、ミラノ。ペア、女子フリーが終わって日本はアメリカと点数で並んでいた。りくりゅう(三浦・木原)、坂本が観客を嗚咽させるほどの演技を見せ、連続トップでポイントを稼いだ。前日までの5点差を追いついたのである。
男子フリー、日本は佐藤がリンクに登場した。日本のエースと言えるのは鍵山だが、今シーズン、著しい台頭を見せる佐藤は各大会にてフリーでは鍵山も抑えており、いろいろな意味で理に適った人選だった。
「駿が今シーズン、いいパフォーマンスを見せるなか、『自分もついていかないと』って思いますね」
昨年12月のGPファイナル後、鍵山もそう語るほど、今シーズンの佐藤は別人に近い成長を遂げていた。
「駿とはジュニアの時からバチバチに戦って、勝ったり負けたりを繰り返して、その時のことを思い出しました。シニアに上がってお互いケガもあって全力で戦えないシーズンもありましたが、こうやってバチバチに戦えるのがうれしいし、楽しみです」
盟友は語っていたが、佐藤が勝たなければならない相手は、アメリカのイリア・マリニンだった。
マリニンは異次元の選手である。ジャンパーとして圧倒的。4回転連発で、予定構成を考えた場合、ほとんど勝てる要素はない。少々ジャンプで失敗しても、そのあとで取り戻せる。
実際、この日のマリニンは絶好調とはいかず、前半は得点を稼げなかったが、得点が1.1倍になる後半にスパークした。4回転トーループにトリプルサルコウをつけ、4回転サルコウにトリプルアクセルをつけ、それぞれ20点前後を叩き出している。200.03点をこともなげに出す選手は、地球上に他に存在しない。
「(マリニンの得点は)知っていましたが、少しでも追いつけるように自分の演技に集中していました」
佐藤はその心中を明かした。数字的に逆転は厳しかったが、自分の持っているものをすべて表現する静謐(せいひつ)な演技だった。膨大な練習量がその安定につながっていた。
冒頭、難易度の高い4回転ルッツを完璧に降りた。トリプルアクセル+オイラー+3回転サルコウも美しかった。4回転トーループ+3回転トーループ、4回転トーループも数多く積んできた練習量に支えられていた。後半のトリプルアクセル+ダブルアクセル、3回転ループ、3回転ルッツも隙がなかった。
「うおー」。すべてのジャンプを降りると、会場の一角で唸り声が聞こえた。よく音を拾い、ダイナミックな滑りを見せていた。足替えシットスピンでも、レベル4を獲得。最後はやや疲れたように見えたが、滑りきった。
リンクサイドにある応援ブースでは、演技を終えた選手全員が佐藤に届くように声援を送っている。いの一番、同世代の鍵山がリンクから戻ってきた佐藤を抱擁で讃えた。キス&クライではアイスダンスの森田真沙也がハイタッチで迎え、坂本はいつものように泣きじゃくりティッシュで涙を拭いながら、アイスダンスの吉田唄菜に背中をさすられていた。
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著者プロフィール

小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。









