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本田真凜の目に涙 9年連続全日本選手権進出に「みんながついている、自分ひとりじゃない」 (3ページ目)

  • 小宮良之●取材・文 text by Komiya Yoshiyuki

【21年目で一番緊張したフリー】

 もっとも、全日本への道は甘くない。

 自信があるはずのフリーで、緊張が再び押し寄せてきたという。本田に対するメディアの注目度の高さも大会では突出し、それが空気を重くしたのかもしれない。6分間練習では、リンクサイドにいた時から顔が強張っているほどだった。ジャケットのチャックを首元まで上げ、足を踏み鳴らし、熱い息で手のひらを温め、どうにか自分を保っていた。

「東日本は1年のなかでも一番緊張する大会で、1カ月前から夢に出るほど。スケート21年目で、一番緊張したフリーでした。ネガティブな感情がたくさん出てしまって」

 本田は言う。「失敗できない」という焦燥か。しかし、彼女は心をポジティブに変換するだけの経験を重ねてきた。パープルの濃淡を使い、ゴールドのストーンを散りばめた衣装でスタートポジションをとると、スイッチが入った。『マーメイド』のアリエルの役柄に没入し、表情が一気に輝いた。

「今日はお兄ちゃんが会場に応援にきてくれました」

 本田は笑顔で言う。

「ショート後も、家族からメッセージをもらって。みんながついている、自分ひとりじゃない、と思うことができました。まあ、自分もベテランと言えるほど長い間、スケートをやってきて、試合の持っていき方は知っているので。サルコウを失敗した時点で0コンマの点差になるとは思い、とにかく最後まで諦めず落ち着いて滑ろうと思いました」

 コレオでのロングスパイラルは美しかった。ダブルアクセルがシングルになるなどの失敗はあったが、粘り強く滑り続けた。そのおかげか、90.28点で僅差の総合5位をもぎとった。最後は、フィギュアスケーターとして生きてきた場数の勝利だ。

 競技後、通路で関係者に囲まれながら、会話を続ける本田は邪気のない笑みをもらしていた。重圧から解放されたのだろう。

「今日みたいに、何点以上取らないと(全日本に出られない)、という緊張のなかでの演技ではないので。しっかりと、強い自分を見せられるように頑張りたいです」

 本田は柔らかい声で、全日本に向けた抱負を語った。ようやく呪縛から解き放たれた。全日本選手権のフリーを、笑顔で終わることが目標だ。

著者プロフィール

  • 小宮良之

    小宮良之 (こみやよしゆき)

    スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。

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