友野一希がシーズン最後に直面した「弱い自分」 来季は振付師を変更し「新しい自分」に挑む
世界国別対抗戦男子フリーの友野一希この記事に関連する写真を見る 3月の世界選手権で6位ながらも自身の演技に納得はしていた友野一希(上野芝スケートクラブ)。初出場となった世界国別対抗戦では、宇野昌磨の欠場により男子を引っ張る役割となった。
だが、友野は悔しい思いを残す結果になった。
●再び4回転サルコウでミス
4月13日のショートプログラム(SP)は、世界選手権でもいい演技を見せていたケビン・エイモズ(フランス)とジェイソン・ブラウン(アメリカ)が、ノーミスの滑りでそれぞれ100.58点と95.61点と好発進。
急遽出場が決まった佐藤駿(明治大学)は76.45点で下位に沈んだなかで、友野の出番となった。
冒頭の4回転トーループ+3回転トーループはしっかりと決めたが、世界選手権で転倒した4回転サルコウは軸が斜めになるジャンプで今回も転倒。後半のトリプルアクセルも着氷が少し乱れて加点は1.03点にとどまり、SPの得点は89.36点だった。
「最初の(4回転)トーループは練習でも少しあやしさはあるなかで落ち着いてできましたが、サルコウでまた同じミスをしてしまった。
(3月下旬から出演してきたアイスショーの)『スターズ・オン・アイス』でもショートを多めにやっていました。練習からサルコウが気になると思っていたので、それが出てしまいました」
「スターズ・オン・アイス」の出演で滑りに余裕を持てるようになり、一つひとつの動きが明確になっていると友野は感じていた。それだけに、悔しいミスとなった。
そのあとのイリア・マリニン(アメリカ)やチャ・ジュンファン(韓国)が105.90点や101.33点の高得点を出す。友野は7位にとどまり、11位の佐藤とともにチーム得点を8点しか稼げない結果となった。
ライバルとみられたアメリカに14点差をつけられ、初出場の韓国に3点差。日本は3位という想定外の発進になってしまった。
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著者プロフィール
折山淑美 (おりやま・としみ)
スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。