宮原知子が振り返るフィギュアスケートとの出会いとこれまでの競技人生。「教室でもかなり変わっている生徒でした」 (4ページ目)

  • 小宮良之●取材・文 text by Komiya Yoshiyuki
  • photo by Getty Images

ーーその「好き」が競技者としての原動力になった、と。 

宮原 自分の場合、"試合でこの選手に負けたくない""結果を出したい"よりも、"こういう演技をしたい"、"これだけやってきたことをしっかり本番でも伸び伸びできたら"と思って演技したほうが、自分らしい滑りができていると感じるので。競争心よりもスケートに対する「好き」って本当の気持ちを出したほうが、自分らしく滑れると思います。

ーー2018年、全日本選手権のフリーで最後のジャンプでミスが出て、惜しくも優勝を逃した時、悔しさをかみ殺す姿が印象的でした。それほどスケートに人生を懸けているんだな、自我を抑えているからこそ出てきた衝動に惹かれました。 

宮原
 昔は"無"というか、あまり感情が出なくて。でも最近は自分を観察してきて、実はどちらかというとわかりやすい、顔に出ちゃう人かなとも思っています(笑)。無意識に、自分で自分を押し殺していたのかもしれません。だから、最近は自分の感情に素直になることにしています。練習でも本番でも、感情が表に出てくるようになってきた感覚があるし、表現の面でもすごく大事かなって。

ーー昨今はロシア勢を中心に「4回転時代」に入ったと言われ、スケーティングそのものよりもジャンプの色合いが強まってきました。宮原選手は、どう時代に立ち向かうのでしょうか? 

宮原
 自分もジャンプは"ちゃんとやっていかないと"っていう気持ちはあるんです。でも、だからと言って自分のよさを失くしてしまっては意味がないので。立ち向かうっていうよりは、自分のよさを磨いて、しっかり見せられるようになればいいのかなって。何かに対抗するんじゃなくて、自分らしさを存分に出せるように。

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