【プロレス】「藤原組がSWSに入ると印象が悪くなる」 藤原喜明が振り返る、新団体設立と不穏な船出 (2ページ目)
【SWSと合流しなかった理由】
藤原組は、足立区内の道場運営から大会の資金面など、田中氏の支援を受けた。藤原は新団体を作る時に田中氏がオーナーを務める「SWS」に合流することも思い描いていたという。しかし、田中氏は「藤原組」を、「SWS」とは別団体として旗揚げすることを決めた。
「藤原組を作った時に、田中さんが俺に言ったんだよ。『藤原組がSWSに入ると印象が悪くなりますから、藤原組は独立した団体でいいです』ってな。俺は、その言葉を聞いて心の底から『ありがたい』って思ったよ。普通、そんなこと言えるか? スポンサーとしてプロレス界にあんなにカネを出してくれて、プロレス界にとってありがたい方なのに......。感動したよ」
田中氏が発した「印象が悪くなる」という言葉には、ある背景があった。SWSは多額の資金をバックに、全日本プロレス、新日本プロレスから人気選手を引き抜いたため、専門誌『週刊プロレス』(ベースボール・マガジン社刊)が、毎週のように「金権プロレス」といったバッシングを展開したのだ。
同誌はプロレスファンに絶大な影響力があったため、一部のプロレスファンが「SWS」を誹謗中傷するようになった。そのため田中氏は、旗揚げしたばかりの「藤原組」の行く末を心配し、「SWS」とは別の団体として活動させることを決断したのだ。
その田中氏は、2010年12月17日に71歳で亡くなった。藤原は今も田中氏への恩義を忘れない。
「俺たちプロレスラーにも気を遣っていただいてな。ありがたい方だったよ。あの頃、田中さんのことをおかしく言う連中がいたけど、そいつらが憎たらしいというか、『バカじゃないのか』って思ってたな。それは今も変わらねぇよ」
なぜ田中氏は、UWFが解散した直後、藤原に新団体設立を持ちかけたのだろうか。
「UWFにいた頃は田中さんと接点がなかったから、わかんねぇんだよ。ただ、これは人からウワサ話みたいな感じで聞いたんだけど、田中さんの息子さんが俺の試合を見るのが好きだったらしいんだよ。
田中さんが、息子さんとUWFの試合を後楽園ホールに見に来たことがあったらしくてな。息子さんが『UWFいいな』って言ったら、田中さんが『この団体を誕生日プレゼントに、そっくり買ってやろうか』と言った、なんて話も聞いたことがあるけどな。フフフ......本当かどうかは知らんけどな」
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