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【プロレス】初対面のアントニオ猪木の表情に藤原喜明は「バカにされてるな」 入門からわずか10日後、デビュー戦は突然訪れた (2ページ目)

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji

【いきなり知らされたデビュー戦】

 猪木との対面を終えた藤原は、そのまま世田谷区野毛の合宿所に行った。新日本の合宿所は、猪木が自宅を解体して道場とともに作ったもの。現在も同じ場所にある合宿所には、藤波辰巳(現・辰爾)、荒川真(後のドン荒川)、小林邦昭らがいた。

「あの頃の合宿所がどんなところだったかって? ひと言で言えば、猿山だよ(笑)。まぁ、いろんなことがあったけど、イチイチ話すとキリがないからな......。要するにメチャクチャってことだな」

 真っ先に声をかけてきたのは荒川だった。

「荒川さんは当時、寮長でな。ただ、俺は顔も名前も知らなかったから、道場の管理人さんだと思っていて。それにしては体が筋肉モリモリだったから、『プロレス道場は、管理人さんも体はゴッツイんだな』って思ったよ。それと『管理人にしては態度がデカイな』ってね(笑)」

 荒川は「ちょっと来い」と藤原を誘った。足を踏み入れたのは、合宿所に隣接する道場。のちに道場で多くの後輩を育て、伝説を築いた藤原が新日本の道場に初めて入った瞬間だった。

「ブリッジをやれ、ベンチプレスをやれって言われてな。ベンチプレスは、いきなり140キロくらい持ち上げてやったんだ。それを見ていた若手レスラーが、『こいつには勝てない』と思ったみたいで、年明けの正月に2人、やめてったよ」

 中学生時代からウエイトトレーニングに励み、金子のジムで寝技の練習を行なっていた藤原の実力は、練習生の枠を超えていた。体格も、身長は180cmを超え、体重も98kgと堂々した肉体が出来上がっていた。

 類まれな才能を持ったスーパールーキーは、入門からわずか10日後の11月12日、「ニュー・ダイヤモンド・シリーズ」の開幕戦となる和歌山県白浜町「坂田会館」大会でデビューする。入門から10日後のデビューは、今でもおそらく団体の最速記録だろう。

「プロレスの巡業に出た最初の日だったな。白浜の旅館に入って山本小鉄さんとすれ違った時、『今日、デビュー戦だから』って言われて。いきなりだったから『えっ?』って驚いたよ」

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