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【プロレス】「引退するまで棚橋弘至を独占したかった」次期エース候補・上村優也が胸に秘めていた最後のシナリオ (4ページ目)

  • 井上崇宏●取材・文
  • 市川光治(光スタジオ)●構成

── その頃ノートに書いていた感じのコスチュームをいま着ているわけですか。

上村 そうですね。

── すごいですね。自分が少年時代に書いていた理想のプロレスラー像を実現させているんですね。

上村 いや、まだ叶えてはいないです。ノートにはまず筋肉を描いていって、コスチュームを描いて、「髪型はこんな感じだろう」って描いていって、最後に腰にIWGPのベルトを描いていたんですけど、そのベルトはまだないですから。これでベルトを巻いたら、あの時に描いていたような自分にほぼなれるかな。

【棚橋弘至を独占したかった】

── そのベルト姿は、棚橋さんの現役中に間に合っていたはずですよね?

上村 僕が思い描いていたのは、G1を優勝して、IWGP世界ヘビー級を獲って、棚橋弘至の引退試合はIWGP世界ヘビー級選手権で、「挑戦者・棚橋弘至」っていうシーン。何回もドームのメインを張ったあの棚橋弘至の挑戦を、僕が勝って退けるということを思い描いていました。でも、実際はそうはうまくはいかなかった......。

── やっぱり棚橋弘至の最後は、自分が見届けたかった。

上村 今、この時期にこういうことを言うと失礼なんですけど、「ワールドタッグリーグ」も、せっかく同じ本隊だし、最後だから棚橋さんと組んで出たいなと思っていて。今年はシングルで2回闘いましたけど、まだタッグを組んでいないので、昔、棚橋さんが「藤波辰爾を独占します」と言ったように、僕も引退まで棚橋弘至を独占してやろうと思っていたんですよね。もう何か方法はないかな? ないか、ないな......。

── 引退したあとの棚橋社長に期待することはありますか?

上村 これからは会社側に近くなっていくと思うんですけど、それでもやっぱり選手のほうに、若手からベテランまでずっと目を配っていてほしいです。リング上は僕らがいるので、安心して社長として力を最大限に発揮してほしいです!


上村優也(うえむら・ゆうや)/1994年11月18日生まれ。愛媛県出身。今治工業高でレスリングをはじめ、福岡大学時代には西日本学生レスリング選手権のグレコローマンスタイル71kg級で優勝。大学卒業後の2017年4月に新日本プロレスに入門し、翌年4月にデビュー。21年、新日本LA道場へ武者修行。23年、Just5Guysのメンバーとして凱旋帰国し、24年にG1クライマックスに初出場。得意技は閂(かんぬき)スープレックス

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