井上尚弥にヒットした「4つのパンチ」ーーその共通点から「打倒モンスター」が見込めるライバル候補を考えてみた (2ページ目)

  • 北川直樹●文・写真 text & photo by Kitagawa Naoki

【モンスターには近距離のフックが当たりやすい?】

 スーパーバンタム級で、現在考えうる最大の仕事を完遂した井上。今後については、この階級で今名前が出ている対戦相手では、もの足りなさが否めないのが現実だ。

 IBFとWBOの指名挑戦権を持つサム・グッドマン(オーストラリア)、元WBAスーパー・IBF世界スーパーバンタム級統一王者のムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)、そしてネリが計量をパスできなかった場合のためにリザーブとして用意されていた元IBF世界スーパーバンタム級王者のテレンス・ジョン・ドヘニー(アイルランド)らからは、致命的なダメージングブローを受ける姿が想像できない。

 これまで対戦してきた相手で、井上にパンチでダメージを与えられたのは、2019年11月のノニト・ドネア(フィリピン)との1戦目でドネアが2ラウンドに放った左フックと9ラウンドの右クロス、2023年12月のマーロン・タパレス(フィリピン)が5ラウンドに放った右フック、そして今回のネリの左フック。

 いずれも本人がダメージを認めているか、ゲームのターニングポイントとなったクリーンヒットだ。

 この4つのパンチにフォーカスすると、その特質に少なからず共通性が見えてくる。少し粗めに崩しにいった際に、サイドからのカウンターを受けているのだ。

 まずはドネアの左フック。このパンチは、それまでの攻防で優位性を自覚した井上が、コーナーを背にした時に近接距離から左フックを打ち、返しで右のパンチを狙ったタイミングで被弾した。

 オーソドックス、サウスポーとスタンスの違いはあるものの、互いの距離感、試合の序盤という点で、シチュエーションはネリにダウンをとられた時に近似している。

 のちに本人は「(ボディへの)フェイントにつられた」と振り返っているので、パンチ自体が見えてなかったわけではないようだが、見比べると攻防の間合いに類似した隙がある。
 この時は、パンチを受けたのがあごではなかったためダウンは免れた。しかし、代償としてまぶたをカット。眼窩底骨折と流血により、非常にタフな戦いを強いられた。

 次にタパレスの右フック。このパンチも距離感が比較的近い。前のラウンドでダウンを奪っていて勝負を決めにいきたい井上が左アッパーを連打し、タパレスの上体を持ち上げようとした際にカウンターで被弾した。

 ただ、井上自身の体勢が前述の左フックを受けた時とは異なる(打ちにいっていなかった)状態だったため、体のバランスはとれていた。そのためタイミング的な危うさはそこまで感じられなかった。

 最後にドネアが9ラウンドに井上をグロッキー寸前に追い込んだクロス。このパンチは、井上が軽めに打ったジャブにノーモーションでかぶせてきた。

 中間距離で試合の後半だった点からも、集中力の継ぎ目をついたもので、距離感は前に挙げた3つよりも長く、井上にわずかな隙に合わせてきた渾身の一撃だった。

 このように見てみると、井上にダメージングブローをヒットするには、肩など上体の動きが読みにくい至近距離で、視界から外れやすいフックをタイミングよくデリバリーすることが必須となる。

 もっと言えば、井上が距離とパンチ軌道の勘をつかむ前に、一発で仕留めるくらいの決定力もほしい。そのチャンスをものにできなければ、井上の高い観察力、アジャスト力で対応されてしまうからだ。

 また、井上の素早いフットワークに対して、接近戦でも視界に入りやすいストレートやアッパーを当てるのは至難だろう。現にこれらのパンチをまともに被弾している姿は、まだ見たことがない。

 井上と勝負するには、対等に渡り合えるスピードと、一撃必倒のパンチ力に加えて、これらを短時間で実行する必要があるため、極めて高いレベルが求められる。

 こうした仮説についても、ようやく条件がそれに足る数(といっても少ないが......)が出てきたに過ぎない。

 そして、これはあくまでも"過去"のモンスター。当然、アップデートがあるだろう。

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