「フロントにタイガー・ジェット・シン様がいらっしゃっております」 呼び出された全日本実況アナは輪島戦について熱弁した (2ページ目)

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji
  • photo by 木村盛綱/アフロ

【呼び出されたシンに「もっと"ヒール"になってほしい」】

 不祥事で日本相撲協会を退職した輪島だったが、力士時代は甘いマスクと「黄金の左」と呼ばれた左下手からの攻めで国民的な人気を集めた。そんな超大物のプロレス転向は日本中の注目を集めたが、デビュー戦の相手を務めたのがシンだった。

 試合は、土曜夜7時からゴールデンタイムで生中継。結果は両者反則で終わったが、視聴率は関東地区で17.7パーセント(ビデオリサーチ社調べ)と、同時間帯の放送では最高の数字を獲得した。

 このデビュー戦が終わって間もなく、若林アナはシンに呼び出された。

 ある地方会場の中継のために宿泊したホテルの部屋で休んでいた時、フロントからの電話が鳴った。受話器を取った若林アナは、フロントマンから「今、フロントにタイガー・ジェット・シン様がいらっしゃっております。若林様をお呼びしております」と伝えられ、すぐにフロントに降りた。

「タイガー・ジェット・シンとは、中継でのインタビュー以外では話したことがなかったから、呼ばれた時は驚きましたよ。ドキドキしながらシンに会うと、彼が『カレーを食おう』と言うので、(ホテルの)レストランへ入りました」

 カレーを食べながら、シンは若林アナにこう質問した。

「七尾の輪島との試合はどうだった? 視聴率はどうだった?」

 シンは、日本中で注目を集めた輪島デビュー戦の評判を気にしていたという。実況を担当したのは倉持隆夫アナウンサーだったが、若林アナは包み隠すことなく、片言の英語で自らの思いを次のように明かした。

「視聴率は高かったですよ。ただ、この時間帯はゴールデンタイムですから、もっと数字がほしい。そのために、シン選手の力を借りたいんです。生意気を言わせてもらいますが、もっと"ヒール"になってほしい。

 あなたはプロ中のプロだから、今後は輪島に対してもっとめちゃくちゃ暴れてほしい。ファンが『帰れ!』と怒り出すほどのファイトをするのが、タイガー・ジェット・シンです。そういう試合をやってください」

 若林の熱い思いをシンは黙って聞いていた。そして、最後に「馬場と相談する」と若林アナに告げたという。シンと私的な会話をしたのは、これが最初で最後だった。

「シンが私なんかにそんなことを聞いたのは、輪島のデビュー戦をきっかけにもう1度輝きたい、という思いの表れかもしれませんね。それほど彼は研究熱心だったんです」

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