検索

リベロ山本智大がリーグ優勝を初経験 キャリアの転換点になった「なめんなよ」と思った瞬間とは (2ページ目)

  • 市川忍●取材・文 text by Shinobu Ichikawa

【『絶対に見返してやるぞ』と思いました」】

 2025-26シーズンのベストリベロ賞も獲得。山本にとっては3シーズン連続での受賞となった。

 山本は今でこそ世界でも有名なリベロだが、その道のりは平たんではなかった。2016年に内定選手としてFC東京に入団。出場機会が少ないまま2018年には堺ブレイザーズ(現・日本製鉄堺)に移籍した。2018-19シーズンは全セットに出場し、リベロとして徐々に知名度を上げてきた。

 2019年、日本代表の候補に選出されたが、当時は海外経験のあるリベロがおり、山本は最終選考に残れるかどうかの当落線上にいる存在だった。本人が振り返る。

「選ばれた最初の年に、当時の代表監督から『お前は(リベロの選考過程で)3番手だよ』と、面と向かって言われたんです。海外でプレーしているリベロの選手の代表への合流が少し遅れるから、と最初のミーティングで説明されて、その上で『3番手だ』と言われて。イラっとしましたね。なんかこう、下に見られてるなっていう感じがあって。『絶対に見返してやるぞ』と思いました」

 山本の負けん気に火がついた瞬間だった。

「そのときまでは自分が世界で戦うプレーヤーになれるかどうか、確信はありませんでしたが、その言葉でスイッチが入ったというか......。正直、『なめんなよ』と思いました。でもその言葉のおかげで、『やってやるぞ』という気持ちになれたのは確かです」

 同2019年のアジア選手権でベストリベロ賞を獲得し、ワールドカップでも活躍した。同大会で日本代表はイタリア、アルゼンチンなどの強豪を破り、1991年以来、実に28年ぶりとなる4位に入賞。男子バレーの復活を印象づける大会となった。

「ワールドカップは僕にとってひとつの転機でした。そこから徐々に周囲の評価も上がって、東京オリンピックを迎えることができた。3番手と言ってやる気を起こさせてくれた監督にはある意味、感謝です。今でも思い出すと腹が立ちますけどね(笑)。それこそ、奮い立たせてもらった言葉です」

 初優勝という悲願を成し遂げた今と、「下に見られていると感じた」という過去──山本自身のバレーボールに対するスタンスは変わったのだろうか。

2 / 3

  • Googleで優先するソースとして追加

Googleの「優先ソース」について

キーワード

このページのトップに戻る