錦織圭も認める実力。内山靖崇は細いチャンスの糸を縄に変えた (3ページ目)

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

 線審の判定が間違っていると思った時ですら、「審判たちも一生懸命やっているのだから」と考え、気持ちを鎮めて次のプレーへと向かう。今までにない多角的な視座を得た自分がいることに、内山はある頃から自覚的だった。

 「では、いつから、どうしてこんなふうに考えられるようになったのだろう......?」

 そう自らに問いかけ思い返した時、彼には、「あそこだ!」と思い当たる起点があった。

 それは、昨年8月のアジア大会。結果だけを見れば、内山自身はメダルに手は届いていない。ただ、若い選手が多いなかでチームキャプテンを任された彼は、その責務を全うしようと努めていた。負けて気落ちする選手を気遣い、コーチと選手間の架け橋役も買って出る。そうすることで、大会運営スタッフや選手をサポートしてくれている人々たちの気持ちや苦労にも、直に触れることができた。

「何か変わったというのがあるとすれば、あのアジア大会だったと、最近しみじみ感じます。テニスに関わっている人たちにも目を配っていたことで、自分も精神的に視野が広がった。ひとつ、大人になれた感じがあって......」

 少し気恥ずかしそうな笑みを口の端に浮かべ、内山は始まりの地点を明かした。

 プレーの方向性に関しても、もはや迷いはないようだ。今大会から内山は、10年近く師事する増田健太郎コーチに加え、新たに鈴木貴男をチームに招いている。日本きってのサーブ&ボレーヤーであり、スライスの名手として知られる鈴木から学びたいことは、まさに鈴木が得手とするそれらの武器と戦略性。

「さらにワンステップ上がるには、弱点を補うより、武器を磨いていかなくてはいけないと思った」と毅然と話す声には、「5もあったり、1もあったりのタイプ」の自分を肯定的する芯が一本通っていた。

 今回の楽天オープンベスト8で、内山のランキングは100位に限りなく肉薄する。今季中に100位に入れば、来季のグランドスラム本戦に入れるようになり、目指す東京オリンピックも視野に入ってくるだろう。今大会の直前で目の前に降りてきた細い糸を、彼は自らの力で、目指す地点へと続く大縄へと変えてみせた。

 周囲から見れば、予想以上に時間のかかった道のりだったかもしれない。

 だがそれは、闘争本能やハングリー精神を起爆剤にすることのなかった心優しき青年が、迷い葛藤しながらも、周囲に目を配ることで獲得した精神的な成長と覚醒への足がかりだ。

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