大坂なおみを苦しめた世界1位の魔力「ゴチャゴチャ考えてしまった」 (2ページ目)

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 この敗戦の最大のターニングポイントは前述した1本のミスにあるが、より根本的な負の因子は大会が始まる前、すでに彼女の心に差し込んでいた。

「この大会で準決勝以上に勝ち進めば、世界1位を確保できると知ったので、そのことばかりを考えすぎてしまって......」

 彼女がベスト4を過剰に意識した理由は、ここにあった。ひとつのミスに心をとらわれ、ゲーム間にベンチでタオルを頭から被り肩を震わせた理由も、ここにある。今大会中、大坂は世界1位の立場について問われる度に「気にしていない」と繰り返してきたが、それは当然ながら、真意ではない。

「1回戦の前に『1位にいる条件』について耳に入り、それからずっとランキングのことを気にしていた。会見では『ランキングは全然気にしてない』と言っていたけれど、本当はフレンチオープンを1位で迎えたくて仕方なかった。まだ、グランドスラムで第1シードの経験がなかったから......」

 勝利への渇望が、目の前のポイントへの意識を上回ってしまった時、彼女はプレーが乱れることを過去の経験から知っていた。

 それでも、自分を制することができないほどに、この日の彼女は「どうしても勝ちたい」と思いすぎてしまったという。世界1位の地位がかかっていたことに加え、同期のベンチッチには2カ月前にも敗れていたことも、自制心を失うほどに勝利を欲した理由だった。

 大坂は、世界1位としてここ数大会を過ごすなかで、「1位と2位とでは、大きな違いがあると感じた」と明言する。大会の顔としての務めや、女子テニス界のリーダーとして求められることも、そして周囲から向けられる視線やファンが自らに重ねる願いも、彼女は肌身で感得してきた。1位として敗れることの痛みも、いやというほど味わってきたのだろう。

 涙の跡を残しながらも、胸のつかえを吐き出すように本音を語る彼女の姿は、ここ数カ月間がどれほど濃密で、まだ表情にあどけなさを残す21歳をいかに苛(さいな)んできたかも物語る。

 ただそれらは、世界1位にならなければ、けっして見ることのなかった景色。そのなかで胸に刻んだ経験は、彼女がここから進むべき道を指し示す、心の羅針盤となるはずだ。

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