【テニス】東レPPO30年の歴史を飾ってきた女王たちの素顔 (3ページ目)
マルチナ・ヒンギス 早熟の天才マルチナ・ヒンギス(スイス)、16歳で初優勝
1997年の第14回大会。直前に開催された全豪オープンで、史上最年少の16歳3ヵ月で初のグランドスラムのタイトルを飾ったばかりのヒンギスが、前年に続いて出場した。このとき世界ランクは2位。本大会で初優勝を飾ったその直後に世界ランキング1位となり、16歳6ヵ月の史上最年少1位記録を樹立している。
体つきも少女っぽさを残したヒンギスだが、プロデビューは14歳と早かった。「選手代表としてスピーチをしても違和感なく、他の年上の選手たちからも認められていたし、雰囲気や言動で他を圧倒していて堂々としていました」(大会スタッフ)というプロ意識の高さと、「優勝杯の漆器でお寿司を食べたいわ」と言う茶目っ気が同居していた。
そのヒンギスは1999年、2000年、2002年の大会でも優勝。一度は引退したものの2006年に現役復帰を果たし、翌2007年の第24回大会では大会史上最多となる5度目の優勝を飾っている。
マリア・シャラポワ現代のアイドル、マリア・シャラポワ(ロシア)初優勝
2005年の第22回大会。2年連続出場となったシャラポワが、前年に17歳でウィンブルドンを制したことで注目の的となった。決勝は5度目の優勝を狙ったダベンポートとの対決となり、積極的なプレイが光ったシャラポワが初の栄冠に輝いて、世界ナンバーワンへの足がかりとなる大会にした。
日本の大会が好きと公言するシャラポワも、練習や試合への集中の度合いは相当なもの。試合に敗れると、「必ずコーチである父親と一緒に練習コートに来て、どこがいけなかったのかとこんこんと修正点を指摘され、反省会を開いていた」(大会スタッフ)という。一方では身につけているペンダントなどを褒められると素直に喜んだり、2011年の大会では被災地から来た子供たち全員にサインをするなど、女性らしさや気さくな一面をのぞかせる。
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