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100回目のラグビー早慶戦 次の100年へそれぞれの特別な思い「至上命題」「財産」 (2ページ目)

  • 斉藤健仁●取材・文 text by Saito Kenji

【校歌を歌って涙を流す慶応義塾大の4年生たち】

 1980年代後半から1990年代前半は、SH堀越正巳やWTB今泉清らが在籍した早稲田大が圧倒的に強く、慶應義塾大が挑むという構図だった。しかし、1996年からの5年間は創部100周年に向けて強化した慶應義塾大が4勝1敗とリードした時代もある。特に慶應義塾大が日本一となった1999年は、対抗戦でも初の全勝優勝を収めている。

 その後、清宮克幸監督が早稲田大の指揮官に就任した2001年以降は再び臙脂の優勢となり、FB五郎丸歩やFB藤田慶和らが躍動。21世紀になって慶應義塾大が勝利したのは、LO村田毅やNo.8小澤直輝らがいた2010年(10-8)のみである。

 ただ、決して下馬評どおりにいかないのが早慶戦である。2015年以降も早稲田大が連勝しているが、8年のうち7年は7点差以内の接戦だった。

 100回目の今年、校歌を歌った時に「タイガージャージー」の4年生の多くが涙を流していたように、より気合が入っていたのは慶應義塾大だった。1月15日の始動日より11月23日に勝つことをターゲットにし、「毎回の練習で早稲田を意識して、すべてのことを逆算してやってきた。早稲田にどうやって勝つか、イメージさせて取り組んできた」(青貫監督)という。

 副将のSO山田響(4年)も「大学に入って唯一、勝っていないのが早稲田大なので、思い入れがあります。接戦で勝とうではなく、最初から叩き潰す、勝ちきるというマインドを大事にしたい」と意気込んでいた。

 一方、受けて立つ早稲田大も決して油断はない。大田尾竜彦監督は「(早慶戦は)歴史があり、先輩たちが築いてきた財産。『早稲田らしいよね』というのをいくつ出せるか」と言って選手を送り出した。

 27000人を越える両校のファンが集うなか、開始のホイッスルが鳴り響く。試合はやはり早稲田大が主導権を握った。早稲田大のFB伊藤大祐主将が「慶應が武器としているコンタクト、ブレイクダウンで勝負していこう」と言っていたように、真っ向勝負で慶応義塾大に挑んだ。

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