2015.07.06

【ハンドボール】土井杏利「猛練習で失神。救急車で運ばれました」

  • 佐藤 俊●取材・文 text by Sato Shun
  • 洞澤佐智子●写真 photo by Horasawa Sachiko

7月特集 ああ、涙の夏合宿物語(1)

 ハンドボールの強豪国フランス1部リーグのシャンべリーでプレーする土井杏利。日本の実業団を経ずに単身で欧州に渡り、プロ契約を獲得。世界を相手に戦う異端児ながら、そのキレ味鋭いプレーは、日本で最も期待されているプレーヤーである。そんな彼のベースを作ったのは、日本体育大学時代の4年間だった。

現在、フランスでプレーするハンドボール選手、土井杏利。オフシー ズンを利用して帰国。子供や学生たちに自分の経験を伝えている

 日本体育大学の学友会運動部は、どこも上下関係が厳しく、練習がハ-ドなことで有名だ。その中でも、とりわけ厳しいのがラグビ-部であり、土井杏利が所属していたハンドボ-ル部だという。

「チ-ムのスタイルが走り勝つみたいな感じなので毎日、軍隊みたいな練習でした」と土井は、苦笑する。

 ハンドボ-ル部は全員、健志台(横浜市青葉区)キャンパスにある寮に入る。夏合宿は、その寮から歩いて3分の体育館で行なわれる。練習は午前9時からスタ-ト。アップとはとても思えない真剣な「走り」から始まるのだ。

「まず、健志台の外周を20分間走りっぱなしです。タイムが設けられていて、それに遅れないように必死に走って、アップの時点で足を限界近くに追い込むんです。足が張って重たいまま体育館に入って、今度は4kgぐらいのメディシンボ-ルを両手で頭の上に抱えたままダッシュします。
 ハンドボ-ルって、守備の時とかずっと両手を上げていないとダメなんで、そのための練習なのですが、これがキツイ。タイムが決められているんで、それを越えるとやり直し。走りと合わせてト-タルで1時間ぐらいやるので、この時点で足が乳酸でパンパン。
 しかも、真夏で体育館は蒸し風呂のように暑い。アップが全部終わって、『集合!』という監督の声でコ-トに集まると、短パンから汗がしたたり落ちて水溜まりができていました」