2020.04.22

名は体を表す。小林可夢偉は
何度も「偉大な夢を可能に」してきた

  • 米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki
  • 桜井淳雄●撮影 photo by Sakurai Atsuo(BOOZY.CO)

記憶に残るF1ドライバー列伝(1)
小林可夢偉

 2009年9月27日、第14戦シンガポールGPの決勝が終わった深夜のピットガレージ前で、小林可夢偉は浮かない顔をしていた。

 ティモ・グロックが2位表彰台を獲得し、トヨタF1チームにとっては第4戦バーレーンGP以来の表彰台に沸き立ち、シャンパンを片手に記念撮影が行なわれていた。

トヨタ、ザウバー、ケータハムの3チームでF1を走った小林可夢偉「撮影の間くらい、もっとうれしそうな顔をしたほうがいいんじゃない?」

 思わずそう声をかけたが、彼の表情は変わらなかった。

 2007年の末からずっとテストドライバーを務め、この年はオフに行なわれたGP2アジアでチャンピオンに輝いたものの、GP2本シリーズでは急遽決まった”可夢偉対策”とも言えるバラスト規定(体重の軽いドライバーにはコクピット前方にバラストを積むというもの)に苦戦を強いられてきた。

 そんな状況に置かれたレーシングドライバーとしては、他人の表彰台を笑顔で祝う気になれないのも当然だった。