2018.09.04

ライコネンが鈴鹿で驚異の16台抜き。
ファイナルラップで奇跡の逆転劇

  • 米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki
  • 桜井淳雄●撮影 photo by Sakurai Atsuo(BOOZY.CO)

【短期連載】鈴鹿F1日本グランプリ30回記念企画

 2005年のF1日本GPは、鈴鹿史上もっとも美しい逆転劇で幕を下ろした。驚異的な走りを見せたのは、マクラーレン・メルセデスのキミ・ライコネン。圧倒的な速さで成し遂げた「16台抜き」は、鈴鹿サーキットの歴史に深く刻まれたに違いない。

F1日本GP「伝説の瞬間」(1)から読む>>>

当時25歳のキミ・ライコネンが鈴鹿で驚愕の走りを見せたF1日本GP「伝説の瞬間」(4)
ライコネン、最終ラップの逆転劇。フィジケラ無念(2005年)

 人は人智を超えた光景にこそ、心を震わせる。2005年の鈴鹿F1日本GPは、まさしくそんな感動にあふれていた。

 感動を演出したのは、予選だった。

 この年は全20台が順に1周ずつタイムアタックを行なう方式が採られ、前戦結果の下位から順にコースインしていった。すると、午前の雨で濡れた路面が徐々に乾いていくなか、終盤に差しかかったところで鈴鹿にはふたたび激しい雨が降り始め、実力的に勝る有力チームが予選下位に沈むという波乱が起きたのだ。

 その結果、トヨタのラルフ・シューマッハがポールポジション、BARホンダのジェンソン・バトンが2番グリッドと、日本勢がフロントロウに並ぶことになる。前戦ブラジルGPで初の王座獲得を決めたルノーのフェルナンド・アロンソは16位、マクラーレンのキミ・ライコネンは17位、フェラーリのミハエル・シューマッハも14位からのスタートとなった。

 決勝は打って変わって快晴。ドライバーとマシンを試すようなコーナーが連続する鈴鹿は、F1屈指のドライビングが楽しめるサーキットである反面、決勝ではオーバーテイクが難しい。後方グリッドに沈んだドライバーにとっては、極めて苦しいレースになるだろうと誰もが思った。

 レース序盤はポールのラルフ・シューマッハがリードしたが、3回ストップ作戦のため早々に後退。有力チームでは唯一上位の3番グリッドにつけていたジャンカルロ・フィジケラ(ルノー)が代わってリードすることになった。