2020.12.15

ナリタブライアンの怪物への「確変」を目の当たりにした朝日杯の爆走

  • 新山藍朗●文 text by Niiyama Airo
  • photo by Sankei Visual

 今でこそ「名馬」の名をほしいままにしているナリタブライアン。特に今年は、三冠馬に注目が集まったことから、史上5頭目の三冠馬として、時ならぬ脚光を浴びた。

 日本ダービーで5馬身、菊花賞で7馬身と、2着馬をちぎったそのパフォーマンスは、僅差で勝つ"シンザン型"に対して、"ナリタブライアン型"と称され、その圧倒的な強さには「史上最強」といった呼び声もあるほどだ。

朝日杯を圧勝したナリタブライアン朝日杯を圧勝したナリタブライアン  しかしながら、この馬が本格的にその強さを見せ始めたのは、デビューしてから結構なレース数をこなしてからのこと。初期の段階では、勝ったり、負けたりを繰り返す"普通に強い馬"にすぎなかった。

 1993年、2歳(※当時の年齢表記は3歳)の夏にデビューしたナリタブライアンの5戦目までの戦績は、2勝、2着1回、3着1回、着外1回。勝つことよりも、負けることのほうが多かったのだ。

 だからといって、注目度が低かったわけではない。ひとつ上の兄にビワハヤヒデがいたからだ。同馬は、ナリタブライアンがデビューする前に、皐月賞2着、日本ダービー2着と奮闘。ナリタブライアンのデビュー後には、菊花賞を制して、その年(1993年)の年度代表馬に輝いている。

 そうしたこともあって、ナリタブライアンは当初、「ビワハヤヒデの弟」というイメージのほうが強かった。

 デビュー2戦目で9馬身もちぎったかと思えば、次のレースでは掲示板に載れないほどの惨敗も喫してしまう。それが、その頃のナリタブライアンだった。