【競馬】追悼ステイゴールド。ドラマの続きは産駒に託して (2ページ目)

  • 平出貴昭(サラブレッド血統センター)●文 text by Hiraide Takaaki
  • photo by Nikkan sports

 種牡馬の成功の条件として、"仕上がりの早さ"や"雄大な馬体"などに重きを置く生産者は多く、遅咲きで約430kgの小柄な馬体も、軽視された要因かもしれない。

 しかし、そんな状況の中、産駒は次々と活躍を見せた。2年目の産駒ドリームジャーニーが朝日杯フューチュリティSで産駒のGI初制覇を飾り、5歳時にも宝塚記念と有馬記念を勝利。

 ナカヤマフェスタは宝塚記念を制し、凱旋門賞ではワークフォースからアタマ差の2着に激走し、日本調教馬で凱旋門賞に最も近づいた馬となった。そして、三冠馬オルフェーヴルの登場。デビュー戦のレース後に鞍上の池添謙一騎手を振り落とし、4歳時の阪神大賞典でも競走中止寸前の逸走を見せるなど、父譲りの気性の激しさを受け継いだ同馬は、クラシック三冠を含むGI6勝。凱旋門賞では2度、2着に入った。

 中でも、2012年の凱旋門賞は誰もが圧勝を予感するような勢いで先頭に立ちながら、ゴール寸前で内にモタれ、ソレミアのクビ差2着に敗れるという走りで、世界のホースマンに"負けて強し"と強烈なインパクトを残した。その後も、ゴールドシップフェノーメノレッドリヴェールがGIホースとなり、2014年まで6年連続でJRAGI勝利を収めている。

  JRAの年間サイアー(種牡馬)ランキングは2012年の3位が最高で、その点では現在4年連続リーディングのディープインパクトに比べると劣るが、牡馬の三冠馬オルフェーヴルを始め、後継種牡馬を次々と出しているのが評価できる点だ。

 種牡馬には、コンスタントに産駒が走る安定性も求められるが、有力な後継種牡馬を残して"血を残す"ということも大きな使命。1982年から1992年まで11年連続JRAリーディングサイアーに輝いたノーザンテーストですら、絶対的な後継種牡馬は残せず、その父系は現在、継続困難な状態になっている。種牡馬にはある意味、"1頭の超大物牡馬"を残せば成功、という側面もあるのだ。

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