2013.03.24

【競馬】前例のない
外国人による牧場開場は、どうやって実現できたのか

  • 河合力●文 text&photo by Kawai Chikara

一面雪景色のパカパカファーム。それでも仔馬たちは元気に外で過ごしていた『パカパカファーム』成功の舞台裏
連載●第11回

開場わずか11年でダービー馬ディープブリランテを輩出した『パカパカファーム』(北海道新冠町)の成功の秘密を探っていく好評連載。今回は、同牧場のオーナーであるアイルランド人のハリー・スウィーニィ氏が、"外国人"というハンデを抱えながら、どうやって日本で牧場を開くことができたのか、その真相に迫る――。

 ハリー・スウィーニィ氏が、待兼牧場(北海道日高町)を辞めたのが、1998年。それから3年間は、個人のトレーダーとして繁殖牝馬の輸出や、仔馬のピンフッキング(日本で購入した仔馬を調教し、海外のトレーニングセールなどで売却)などの競馬ビジネスを手掛け、2001年にパカパカファームを開場した。

 しかし、外国人が日本で農地を取得し、馬産を行なうことは並大抵のことではない。当然、スウィーニィ氏もその壁に直面するが、彼が「日本でも牧場を作れる」と信じて疑わなかったのは、トレーダー初期に遭遇したある出来事が背景にあった。

「フリーになってしばらく経った頃、私は日高軽種馬農業協同組合(HBA)に赴(おもむ)き、組合員になるための申請を出しました。その際に必要な頭金も、現金で持っていきましたよ。でも、そこで予想外の出来事が起きました。申請は、あえなく却下されてしまったんです。当然、私は理由を尋ねました。そのときに言われたのは、『外国人だから』ということだけ。それが一番の理由でした。

 あれは、本当に信じられないことでしたね。私は、その時点で10年近く日本の競馬に携(たずさ)わっていましたから、地元の競馬関係者は皆、私のことを知っています。それでも『外国人』という理由だけで、平等に参加できない。悔しくて、悔しくて......、とてもショックでした。

 私はそれから、日本で馬産を行なうためのさまざまなルールを調べました。農地法はもちろんのこと、牧場経営に関わるいろいろな行政機関のルールを隅から隅まで読みました。そして、わかったことがありました。どのルールにも、外国人を規制するような表現はない、ということです」