ワールドカップ史上最強チームは4大会で3回優勝 サッカー王国ブラジル誕生ストーリー (4ページ目)
【多くのブラジル人選手が来日】
ブラジルに魅せられたのは日本も例外ではなかった。
戦後、日本ではサッカーはマイナー競技だったが、その魅力が見直されたのは1964年の東京五輪と、4年後のメキシコ五輪で銅メダルを獲得したことがきっかけだった。1965年には、初めての全国リーグである日本サッカーリーグ(JSL)も始まった。
1960年代......。つまり、それはブラジルの全盛時代でもあった。
当時の日本ではブラジルの試合映像を見ることは難しかったが、ブラジルが圧勝した1970年のメキシコ大会が東京12チャンネルで「録画放送」の形だったものの全試合放映されたことで、多くのサッカー少年がブラジルの魅力を知った。そして、ブラジルのような選手を育てようという「夢」を抱く指導者も現われ、それがその後の発展につながっていく。
ブラジルには、20世紀初頭から多くの日本人が移民として渡っており、現在も200万人以上の日系人が暮らしている。
そんなつながりもあって、JSLには多くの日系ブラジル人選手が来日した。1967年に来日したネルソン吉村(吉村大志郎)をはじめ、ジョージ小林、ジョージ与那城などが来日。名門コリンチャンスでプロ経験のあるセルジオ越後もやって来た。
そして、日本のサッカーが発展するとともにさらにハイレベルのブラジル人選手が来日。Jリーグが発足した1990年代には現役ブラジル代表選手が何人も日本でプレーしていたのだ。
こうして日本でも「ブラジル=サッカー王国」という認識が確立されたのである。
いよいよ開幕する2026年W杯で、ブラジルはかつてのような"輝き"を取り戻すことができるのだろうか? 注目したい。
著者プロフィール
後藤健生 (ごとう・たけお)
1952年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。1964年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、1974年西ドイツW杯以来ワールドカップはすべて現地観戦。カタール大会では29試合を観戦した。2025年、生涯観戦試合数は7700試合を超えた。主な著書に『日本サッカー史――日本代表の90年』(2007年、双葉社)、『国立競技場の100年――明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ』(2013年、ミネルヴァ書房)、『森保ジャパン 世界で勝つための条件―日本代表監督論』(2019年、NHK出版新書)など。
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