【欧州サッカー】「戦術はロナウド」 怪物ストライカーにイブラヒモビッチもベンゼマも憧れた (3ページ目)
【2002年日韓ワールドカップの衝撃】
バルセロナではわずか1シーズンしかプレーしなかった。だが、小細工せずに相手DFを圧倒する姿は常人の枠を超えており、「ロナウドの全盛期」と評するメディアが圧倒的に多い。あくまでも私見だが、クリスティアーノ・ロナウドやリオネル・メッシでさえ及ばないだろう。
なお、1996-97シーズンのヨーロッパ最優秀監督にはロブソン監督が選ばれている。ロナウドも我が事のように喜び、次のように発言した。
「世界最高の監督さ。疑う余地なんかないじゃないか」
ロブソンもシモーニも、選手を枠に当てはめなかった。選手の個性を重んじたスタイルは、ロナウドも心地よかったに違いない。
レアル・マドリードの「銀河系軍団」を率いたビセンテ・デル・ボスケ監督も、ロナウドやジネディーヌ・ジダンに細かいことは言わなかった。もちろん、クロード・マケレレやイバン・エルゲラといった熟練の守備者は、多大な負担を強いられたのだが......。
ブラジル代表におけるベストシーンは、2002年日韓ワールドカップのドイツとの決勝戦だろう。
67分、ディトマール・ハマンからボールを奪ったロナウドがリバウドにボールを預けると、ブラジル代表の名MFは躊躇せずにミドルシュートを放ち、ドイツGKオリバー・カーンはボールを前に弾いた。ここに現れたのがロナウドだった。彼はリバウドにパスしたあと、動きを止めずにドイツゴール前に直進していた。ストライカーならではの嗅覚である。
79分、クレベルソンのパスを受けたロナウドは、落ち着いたトラップから右足シュート。力みがいっさい感じられない一撃で、ボールはゴールに吸い込まれていった。ペナルティボックス内の異常なまでの冷静は、訓練して身につくものではない。
決勝戦での2発で大会通算8ゴールとなったロナウドは、文句なしで得点王に輝いた。
1999年のレッチェ戦で右ひざの膝蓋腱を部分断裂。さらに2000年のラツィオ戦で同じ箇所を完全断裂したことによって、ロナウドからすごみが失われた。ミランでプレーしていた2008年2月のリボルノ戦でも、今度は左ひざの腱を断裂。18年に及ぶ現役生活で8回も手術を経験し、そのキャリアはケガともにあるといって差し支えない。
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