マンCを買収した資産100兆円の
アブダビ王族。その裏にある国家戦略 (2ページ目)
カネの動きはわかっても、オーナーのシェイク・マンスールの素顔はあまり知られていない。イギリス国内でインタビューに応じたことは一度もなく、この9年間でシティのホームゲームに現れたのは一度だけ。買収の動機についても、憶測するほかなさそうだ。
「ビジネスの意味合いにおいて、プレミアシップ・フットボールは世界でもっとも優良なエンターテイメント商品であり、信頼できる投資先だと我々は考えている」
彼はクラブ買収時にそう声明を発表しているが、他のビジネスと比較すれば、フットボールでの見返りは少ない。『フィナンシャル・タイムズ』紙によると、彼らは2008年の経済危機の際にバークレイズ銀行の救済に20億ポンド(約4000億円)を投じ、その後数カ月で国家のエネルギー投資機関を経由して14億6000万ポンド(約1971億円)の利益を得ている。
我々が知りうるのは、シェイク・マンスールがアブダビの王族における最重要人物のひとりということくらいだ。アブダビはUAEでもっともリッチでパワフルな首長国である。
UAEという国家は1971年にマンスールの父シェイク・ザイードが7つの首長国を束ねる形で建国した。アブダビがオイルの権益のほとんどを握っており、石油輸出国機構(OPEC)の発表によると、UAEが貯蔵するおよそ1000億バレルのオイルのうち、実に9割以上がアブダビのものだという。
マンスールはシェイク・ザイードが最愛の妻との間に設けた6人の息子"バニ・ファティマ"のひとりで、特権的な立場にある。皇太子は兄シェイク・モハメド・ビン・ザイードだが、マンスールも国家の要職に就いており、ウェブサイト『ウィキリークス』が公表したアメリカの国家文書には次のように書かれている。
「マンスールはシェイク・ザイード慈善事業財団や(国家企業の)国際石油投資会社(IPIC)の会長である。1989年には(アメリカの)サンタバーバラ・コミュニティカレッジに在籍しており、英語は流暢に話すが、学業の成績は芳しくなかった」
マンスールは30代前半から、多くの重要なポジションを任された。2004年にはUAEの大統領官房相に就任。アメリカの情報コミュニティーによると、病に伏していた故シェイク・ザイード大統領の「守衛」のような存在だったという。そして2009年にはUAEの副首相に就任。世界最大の政府系ファンドである国際石油投資会社(IPIC)の会長も兼任することになった。
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