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【S・クーパー】アレックス・ファーガソンが監督として成功した理由 (3ページ目)

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki
  • photo by Getty Images

 ファーガソンの短気は演技ではないが、その短気の「使い方」は後に学んだものだ。有名な彼の「ヘアドライヤー」(誰かを怒鳴るときに顔を近づけるので、ファーガソンの息で相手の髪が揺れる)も考え抜かれた技である。

 ファーガソンは偉大なテニス選手ジョン・マッケンローの自伝を読み、怒りを表に出すべきタイミングを学んだ。マッケンローは大会の序盤に自分が短気であることを見せつけた。これから戦う選手たちと審判を怖がらせるためだ。しかし、決勝が近づくと短気を抑えた。冷静に戦う必要があったためだ。

3 企業内のすべてのグループと手を結べ。

 ファーガソンは監督を務めたふたつ目のクラブ、セント・ミレン(スコットランド)をクビになった。解雇されたのはキャリアのなかでこの1回だけだ。

 理由は会長との対立だった。自分の仕事には会長の同意が欠かせないということを、ファーガソンは理解していなかった。「いくら会長が嫌いでも、うまくやる方法を見つけなくてはならない」と、ファーガソンは悟った。

 以来、ファーガソンはクラブの理事とも選手とも、ファンともスポンサーともうまくやっている。ユナイテッドのあるサポーターグループのリーダーによれば、ファーガソンは彼と電話で何時間も話すことがある。ファンが何を考えているのかを知るためだ。ちなみにファーガソンは、ジャーナリストや審判といった部外者には、それほど関心を持たない。(続く)

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