【Jリーグ】元日本代表MFが語る「人生の師」オシムとの思い出「初日から挨拶を拒否。あの時はちょっとざわついた」 (3ページ目)
【サッカーにエゴイストは必要ない】
── これまでとはまるで違うサッカー観を突きつけられるなかで、このオシムさんのサッカーにアジャストできると思っていましたか。
「まず『走る』という部分では、自分のストロングでもあったので、そこは自信を持っていました。それに当時は僕も若かったので、ここからどうやって成長できるのかというワクワク感もありました。ただ、あまりにも練習がハードだったことと、求められる部分が今までとは大きな違いがあったので、個人としても、チームとしてうまくいくのかなという不安も同時にありました。
実際、韓国キャンプでは、ベテランと言われる選手たちに対しても、オシムさんは厳しく求めていました。ある程度、立場の確立された選手たちにあれだけ厳しく求めることは、今までだったら考えられないことだったので、大丈夫かなと心配していましたね」
── 当時21歳の阿部勇樹選手をキャプテンに抜擢するなど、オシムさんは大胆な改革を施していましたが、それにともないチームの雰囲気にも変化はあったのでしょうか。
「かなり変わりましたね。ベテランでも、外国人選手でも、僕ら若手でも関係なく、オシムさんは本当にフラットな視点で指導されていたと思います。これができないのであれば、ピッチに立てないよ、という確かな基準がありました。
当時のジェフには、チェ・ヨンス(崔龍洙)さんという本当にすばらしいストライカーがいました。ボールを預ければ何とかしてくれるような選手でしたし、ヨンスさんも俺にボールを渡せば決めてやる、という感覚だったと思います。
でも、オシムさんはヨンスさんに対しても、『走れないなら、別にいらないよ』と言うんです。僕らとすれば、あれだけ結果を出しているヨンスさんでさえも特別視しないことが驚きでした。ですが、オシムさんのやるサッカーにエゴイストは必要ないということ、走れない選手は使わないという確かな基準があったので、みんな必死にやっていたと思います」
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