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【Jリーグ】元日本代表MFが語る「人生の師」オシムとの思い出「初日から挨拶を拒否。あの時はちょっとざわついた」

  • 原山裕平●取材・文 text by Yuhei Harayama

【連載】人生を変えた「恩師」を語る
From佐藤勇人toイビチャ・オシム(前編)

 日本サッカー界に多大な貢献を果たしたイビチャ・オシム氏が逝去したのは、2022年5月1日だった。あれから4年が経った今なお、その影響を受けるサッカー関係者は少なくない。

 オシム監督が率いた当時のジェフユナイテッド市原・千葉で主力を務めた元日本代表MF佐藤勇人氏も、そのひとりだ。現在は千葉のクラブユナイテッドオフィサーを務める傍ら、『JAPANIZE FOOTBALL』というプロジェクトを立ち上げ、オシム氏の功績や教えを伝える活動も行なっている。

 希代の名伯楽を「人生の師」と仰ぐオシムチルドレンが、オシム監督との濃密な日々を振り返り、知られざる素顔を明かす。

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佐藤勇人氏に恩師オシムとの濃密な日々を語ってもらった photo by Miki Sano佐藤勇人氏に恩師オシムとの濃密な日々を語ってもらった photo by Miki Sanoこの記事に関連する写真を見る── 2003年にイビチャ・オシム監督がジェフユナイテッド市原・千葉の監督に就任しましたが、そもそもオシムさんのことはご存じでしたか。

「まったく知らなかったですね。一緒にプレーしていた(ジェリコ・)ミリノビッチという選手に少し話を聞いていましたけど、ほとんど情報のない状態でした」

── 最初の印象は覚えていますか。

「スタートの日にいなかった、ということですね。監督なんだから、来いよと(笑)。監督がいないなかで数日練習して、韓国のキャンプから合流したんです。ホテルの食事会場にようやく現れたんですが、そこでも全然しゃべらない。スタッフから挨拶を促されても、手を振って拒否していましたね。遅れてきて、挨拶もしない。あの時は、ちょっとざわつきましたよ」

── 日本では、なかなかあり得ない状況ですね。

「そうなんです。ただ、ゆっくりと歩きながら、みんなのテーブルをコツコツと叩いて回ったんですよ。どうやらそれが向こうの儀式というか、あいさつみたいなものだったらしく。僕らはそんな風習、当然知らないわけですから、かなり困惑したのを覚えています」

── では、最初の印象はあまりよくなかったわけですね。

「みんな、頭の上にクエスチョンマークがついたような状態で。そして次の日に練習が始まると、さらにクエスチョンが増えました」

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著者プロフィール

  • 原山裕平

    原山裕平 (はらやま・ゆうへい)

    スポーツライター。1976年生まれ、静岡県出身。2002年から『週刊サッカーダイジェスト』編集部に所属し、セレッソ大阪、浦和レッズ、サンフレッチェ広島、日本代表などを担当。2015年よりフリーランスに転身。

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