検索

「百年構想リーグ」の延長PK戦導入は前時代的発想 PK戦にすがるサッカーに未来はない

  • 杉山茂樹●文 text by Shigeki Sugiyama

無料会員限定記事

連載第77回
杉山茂樹の「看過できない」

 ワールドカップ開幕まで4カ月。だが国内に限れば、サッカー熱は盛り上がりに欠けている。

 その一番の要因はJリーグと日本代表との関連性が希薄になってしまったことにある。代表選手のなかにJリーガーという身近な存在はごくわずか。1996年にJリーグが「百年構想」を掲げた際、それに携わった人たちは、30年後に世界とのつながりが薄い内輪のイベントと化したJリーグの姿をどこまで予想したか。それができないなら、これからの70年をイメージすることもできないだろう。

 一見、壮大な構想のように聞こえるが、具体性が低く曖昧なキャッチフレーズの域を脱し得ない「百年構想」という言葉だけがひとり歩きしている。筆者にはそう見えて仕方がない。

2月6日に開幕するJリーグ「百年構想リーグ」の開幕イベント photo by YUTAKA/AFLO SPORT2月6日に開幕するJリーグ「百年構想リーグ」の開幕イベント photo by YUTAKA/AFLO SPORT 間もなく開幕する「百年構想リーグ」に訴求力を感じられない理由だ。力を感じないネーミングである。

 その「百年構想リーグ」と従来のリーグ戦との違いは大きくふたつある。レギュレーションを地域リーグラウンドとプレーオフラウンドの2段構えにしたことと、もうひとつは延長のPK戦の導入だ。

 前者は、筆者が「このほうが日本の実情に合っている」と10年以上前から主張してきた方式だ。今回に限らず、来シーズン以降も続けてほしいと願うばかりである。

 一方、後者のPK戦は1993年から1998年まで、6シーズン採用された経緯がある。引き分けがなかった時代の産物だ。こちらは今回限りにしてほしい、賛同できない施策である。

 延長戦とPK戦は切り離して考えたい。まず延長戦。最大の問題はパフォーマンスの低下だ。試合がダレる。これを繰り返すとサッカーは退化する。選手交代枠が増えたところで大きな変化はない。

 そしてPK戦。PK戦こそがセールスポイントのようになると、PK戦を実施したいがための延長戦に見えてしまう。リーグ戦なのになぜ白黒つけたがるのか。引き分けではいけないのか。Jリーグの開幕当初、サッカー人気が定着していない時代はアリだったかもしれない。だが今となっては、サッカー文化が浸透していない時代に逆戻りするかのような前時代的な発想だ。

全文記事を読むには

こちらの記事は、無料会員限定記事です。記事全文を読むには、無料会員登録より「集英社ID」にご登録ください。登録は無料です。

無料会員についての詳細はこちら

著者プロフィール

  • 杉山茂樹

    杉山茂樹 (すぎやましげき)

    スポーツライター。静岡県出身。得意分野はサッカーでW杯取材は2022年カタール大会で11回連続。五輪も夏冬併せ9度取材。著書に『ドーハ以後』(文藝春秋)、『4-2-3-1』『バルサ対マンU』(光文社)、『3-4-3』(集英社)、『日本サッカー偏差値52』(じっぴコンパクト新書)、『「負け」に向き合う勇気』(星海社新書)、『監督図鑑』(廣済堂出版)、『36.4%のゴールはサイドから生まれる』(実業之日本社)など多数。

キーワード

このページのトップに戻る