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サンフレッチェ広島の塩谷司が振り返る、ふたつのターニングポイント「キレッキレの佐藤寿人さんにボコボコにやられた」 (4ページ目)

  • 高村美砂●取材・文 text by Takamura Misa

 また、プレーにおいては屈強なFW陣との対峙を通して局面での強さを身につけながら、2017-18シーズンのリーグ戦とカップ戦での国内二冠や、FIFAクラブワールドカップ2018での準優勝といった結果を出せたことも、センターバックとしてのプレーの幅を広げることにつながったと振り返る。

「UAEは戦術で戦うというより、個の戦いを求められるリーグでしたから。そのせいか、ヨーロッパの選手やアフリカ系の選手は特にめちゃめちゃ体が強かったり、めちゃめちゃ速かったり、『身体能力だけでサッカーをしてるやん!』という選手がいたり、と個性派ぞろいでした。そうしたさまざまなタイプのFWと向き合うことで体をぶつけるタイミングを覚えたり、相手の背負い方を工夫するようになったり、それまでとは違う守備の面白さを見出すようになっていきました。

 クラブワールドカップのレアル・マドリード戦で決めた得点が効いたのか、その後すぐに契約更新の話をもらって、結果的に4シーズンを過ごしましたけど、特に2、3シーズン目は環境を含めて楽しめていたし、充実もしていました。ただ3シーズン目の途中からコロナ禍に突入したことで家族を日本に帰して単身生活になったのもあって、4シーズン目はそれまでとは違う意味で苦しんだ自分もいました」

 そうした状況もあって、塩谷は2021年夏に帰国を決意し、広島への復帰を決める。もともと「もし帰国するなら広島に戻りたい」という思いを持ち合わせていたそうだが、移籍にはチーム状況を含めた"タイミング"があるからだろう。仮に広島への復帰が叶わないのであれば、引き続き海外でのキャリアを探ることも考えたと聞くが、結果的に相思相愛の状態で彼は4シーズンぶりに紫のユニフォームを纏った。

「当時の広島は、あまり状態がよくなかったというか。成績としても元気がなかったし、コロナ禍の影響もあってスタジアムに足を運んでくれる方も明らかに減っていました。でも、そういう時だからこそ、強い広島を取り戻すための力になりたいな、と。試合に出ても、出られなくても、自分がやれることを全部やろうという思いで復帰を決めました」

(つづく)◆塩谷司が最優先する、レジェンドたちが継承してきた広島のDNA>>

塩谷司(しおたに・つかさ)
1988年12月5日生まれ。徳島県出身。国士館大学卒業後、2011年に水戸ホーリーホック入り。2012年8月、サンフレッチェ広島に完全移籍。2012年、2013年の連覇、2015年と3度のJ1制覇に貢献した。2014年には日本代表にも呼ばれ、2016年にはオーバーエイジ枠としてリオデジャネイロ五輪出場を果たす。2017年、UAEのアル・アインに完全移籍。2018年のFIFAクラブW杯ではチームを準優勝へと導く活躍を見せた。2021年6月、アル・アインを退団。同年秋、古巣の広島に復帰した。

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