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サンフレッチェ広島の塩谷司が振り返る、ふたつのターニングポイント「キレッキレの佐藤寿人さんにボコボコにやられた」 (2ページ目)

  • 高村美砂●取材・文 text by Takamura Misa

 その時間が無駄ではなかったと思えたのは同シーズンの終盤戦、第28節の横浜F・マリノス戦と、優勝をかけた第33節のセレッソ大阪戦と2度、先発のピッチに立った時だったという。前者は森脇良太が、後者は千葉和彦が出場停止になったことで巡ってきたチャンス。しかも、セレッソ戦は他会場の結果次第でJ1リーグ優勝が決まる大一番だった。

「これ、本当はよくないんですけど、セレッソ戦のひとつ前の浦和レッズ戦で千葉さんがイエローカードをもらって、次節は出場停止だと決まった瞬間、『こんな大事な時に、マジ、何してんの!』と心から思っていました(笑)。初先発したF・マリノス戦も硬い試合になって引き分けに終わっていたし、当然1試合で自信を持てるはずもなかったので、『このタイミングは、あまりに僕の荷が重すぎるでしょ!』と。

 ただ、初めてF・マリノス戦で先発した時に、『試合より練習のほうがキツい』『ふだん相手にしている選手のほうが大変だな』って思えていたのはよかったのかもしれない。なので、いざセレッソ戦に出ることになっても......あんなたくさんの人の前でサッカーをするのも初めてで、人生で一番緊張したけど、練習どおりにやろうと思って試合に入れたし、前半の早い段階で攻撃陣が2点決めてくれたことで気持ち的にもすごくラクになった。

 結果、4-1で勝って、他会場の結果が出て、優勝が決まって......僕自身は、セレッソ戦で何かをしたとか、何かができたみたいなことは何もなかったんですよ。でも、人生で初めて"日本一"になって、『優勝ってこんなにもうれしいんだ』『なんか、すっげぇ~景色だな』って感じられたことや、苦しい半年を過ごしたうえでの歓喜だったことは自分にとってすごく意味があった」

 J1に初挑戦したシーズンに初優勝を飾った経験によって"タイトル"をより意識するようになったのが、レギュラーに定着した2013年以降だ。同年、塩谷は開幕戦から千葉和彦、水本裕貴と3バックを形成しながら全34試合に先発出場し、J1連覇に貢献する。

「前年度からスタメンの顔ぶれが変わったのは僕だけだったので、正直、優勝できなかったら自分の責任だ、くらいのプレッシャーも感じていました。そのなかで、1年を通して試合に出ながら、最終節で逆転優勝できたことで、初めて自分はこの舞台で戦えると確信を持てた。また、周りのレベルの高い選手に助けられ、試合に勝ちながら成長するという成功体験を得ながら楽しんでプレーできたのも収穫でした」

 その手応えは、彼に確かな自信を植えつけるとともに、自身初となる2014年の日本代表選出や、2015年の3度目のJ1制覇にもつながっていった。

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