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サンフレッチェ広島の塩谷司が振り返る、ふたつのターニングポイント「キレッキレの佐藤寿人さんにボコボコにやられた」 (3ページ目)

  • 高村美砂●取材・文 text by Takamura Misa

 そんな塩谷がキャリアでふたつ目のターニングポイントだと振り返るのが2017年だ。

 広島での6シーズン目を迎えていたこの年、塩谷も、チームも、かつてないほどの苦戦を強いられる。J1リーグでは前半戦17試合を戦って、2勝4分11敗。それを受けて、6年目の指揮を執っていた森保一監督(現日本代表監督)の退任が発表されるなど、チームは揺れた。

 その状況下、塩谷に初めて海外クラブからのオファーが届く。UAEのアル・アインだ。日本代表選出を機にヨーロッパでのプレーを意識するようになっていたからこそ、深く頭を悩ませた。

「2017年は僕自身も全然プレーがよくなくて。自分のところでやられたシーンも結構あって責任を感じていました。そうした状況のなかでのオファーだったので、『このタイミングでチームを離れていいのか』とすごく考えました。

 ただ、僕にとっては初めてもらった海外からのオファーだったんですよね。だからこそ、29歳という年齢を考えても、海外でプレーできるチャンスはこれが最後かもしれないという思いもあり......。

 当然、ヨーロッパではないことやリーグのレベルも含めて散々悩みました。アラブ圏の国はイスラム教徒が多く、生活も含めて大変だろうということも想像できましたしね。それでも、知らない世界に飛び込むことでしか得られない経験を自分の肥やしにしたいという思いが日に日に強くなっていきました」

 その腹が決まったことで2017年夏、塩谷は日本を飛び出し、アル・アインで新たなキャリアをスタートさせる。当初は文化や風習の違いはもちろんのこと、ラマダンの時期には練習が22時頃からスタートするといった環境の変化にも苦戦したが、1年もすれば環境にも慣れ、かつ、チームメイトの元Jリーガーで日本語も話すドウグラスやカイオ・ルーカス・フェルナンデスにも助けられながら、少しずつ新天地でのプレーを楽しめるようになっていく。

「日本では考えられないくらいUAEはとにかく時間にルーズでした。練習開始から20分くらい経って涼しい顔で『おはよう!』ってくる選手がいたり、なんなら練習に来ない選手もいました。でも、やる時はしっかりやるし、ここぞという場面での勝負強さもすごいんです。そういう集団に身を置くうちに、自分もいい意味で力が抜けるようになったというか。

 実際、日本でプレーしていた時の僕は、よくも悪くも少し真面目すぎたと思うんです。力の抜きどころがわからず、毎日目一杯で、ガチガチでサッカーをしていた。でも、この世界ってうまくいかない時も多いわけで......そういう時に自分へのケアがうまくなったというか。オンとオフの切り替えがすごくうまい選手たちのなかに身を置いて、自分をうまくコントロールできるようになった」

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