「考・体・心・技」を信条とする塩谷司 37歳になる彼が最優先する、レジェンドたちが継承してきた広島のDNAとは (4ページ目)
「選手してはかなりの遅咲きでしたけど、僕なりにいつも自分に何が足りないのかを考えてサッカーと向き合ってきたことに嘘はないです。いつも自分に足りないものを考えて、そこからの逆算で練習をしていたし、子どもの頃から線が細いことを自覚して、体を強くするにはどうすればいいのか、何を食べたらいいのかも常に考えていました。
中学に上がってすぐの頃、練習試合で軽いショルダータックルを食らっただけで吹っ飛んで鎖骨を折った時も、『体を強くしなくちゃいけない』と、当時月1500円のお小遣いを握り締めて栄養の本を買いに行ったのを覚えています。その日から、お母さんに『牛乳と納豆と、豆腐は絶対に冷蔵庫に入れといて』とか、メインのおかずにはこの食材を使ってほしい、みたいなことも偉そうに言っていました(笑)。
大学時代こそ少し心が折れて回り道をしたけど、プロになってからも"考える"ことは常に続けてきました。今になって思えば、単に『サッカーがうまくなりたい!』ではなく『うまくなりたいから、これをしよう!』『どうすればうまくなれるのか』をセットで考えられたことが自分を作ってくれたようにも思います。その習慣が備わっていたから、無名だった僕がここまで長く現役生活を送れてきたのかな、と。
だから......引退も、考えて、考えて、過ごしていたら、そのうち自分なりの結論が出るんじゃないかと思っています。結果、3年くらい経ってもまだやっていたら......その時は、またこの企画で取材に来てください(笑)。もっといい"引退"の考え方を見つけているかもしれないから」
そういえば、ルヴァンカップ優勝を決めた直後。広島在籍1年目となるジャーメイン良は、試合後のインタビューでマイクを向けられ「このクラブに来てプレーするなかで、シオくん(塩谷)や(佐々木)翔くんにタイトルを獲ってほしいという気持ちが強くなった」と話していた。
その言葉を聞く限り、塩谷が見せ続けているチーム最年長としての"背中"は、間違いなく広島のDNAを確かに受け継ぎながら、今もその潮流を強くしている。その事実もまた、彼にとってはこのうえなく幸せなことに違いない。
(おわり)
塩谷司(しおたに・つかさ)
1988年12月5日生まれ。徳島県出身。国士館大学卒業後、2011年に水戸ホーリーホック入り。2012年8月、サンフレッチェ広島に完全移籍。2012年、2013年の連覇、2015年と3度のJ1制覇に貢献した。2014年には日本代表にも呼ばれ、2016年にはオーバーエイジ枠としてリオデジャネイロ五輪出場を果たす。2017年、UAEのアル・アインに完全移籍。2018年のFIFAクラブW杯ではチームを準優勝へと導く活躍を見せた。2021年6月、アル・アインを退団。同年秋、古巣の広島に復帰した。
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