我那覇和樹ドーピング冤罪事件を忘れない 現在は高原直泰がCEOを務める沖縄SVでプレー (4ページ目)

  • 木村元彦●取材・文 text by Kimura Yukihiko

 2014年8月、筆者は鬼武チェアマンの二代あとにあたる村井満チェアマンとともにリバティ大阪で開催されたシンポジウム『SAY NO TO RACISM 人種差別にレッドカード』(大阪弁護士会 公益財団法人大阪人権博物館 一般社団法人大阪府サッカー協会共催)に出演する機会があった。その際、これを機会にと村井チェアマンに話しかけた。「我那覇は完全に潔白でした。村井さんがチェアマンの任期中に我那覇に対する正式な謝罪と冤罪であったという公式なリリースをお願いします」直訴すると同時に拙著を渡した。5代目チェアマンは「ご著書はすべて読んでいます。検討します」との言葉を返してくれた。しかし、それ以降、何に忖度したのか、リーダーシップを発揮することなく、退任まで我那覇に対して一切の発言をせず、動かなかった。チェアマンとして、選手の人権と健康以上に他にいったい何を守るものがあるのか。Jリーグが結論をうやむやにしたまま責任を逃れている限り、フェイクニュースは流れたままであり、この事件は終わらない。我那覇の見せた勇気とは対照的に真実を知った上で、本当に重要なことは、8年間の任期中避け続けて来た村井チェアマンの姿勢には大きく失望した。政治部の記者よろしくチェアマンのただ取り巻きになっているメディアの問題もそこにはある。

 17年前、多額の費用と時間を費やし、物質的にも精神的にも多くの負担を強いられた我那覇は今もプレーを続けている。「すべてのスポーツ選手が適切な点滴医療を受ける際に恐怖にさらされせないために」立ち向かった裁判のためにサッカーに集中できない日々が続き、日本代表も遠のき、川崎のレギュラーも外されていった。
 
 しかし、彼はあの冤罪事件がなければ、とは口にしない。今も沖縄の地で言うのだ。「僕の力が足りなかっただけです」と。「シュートを打つ量も質も上げていきたい。このリーグ戦ではまだ点を取っていないし、特に今は厳しい状況なのでチームの勝利に貢献したいです。沖縄の子どもたちへの育成も自分たちが結果を出すことで、意識をしてもらって、力を与えたいんです。この年になってもまだまだサッカーがしたいという思いで続けています」
 
 現役へのこだわりは?と問うと、「回復力は年々、遅くなっているのは感じますが、カテゴリーに関係なく自分は必要とされればいつも準備はできています。今は、もちろんこのクラブでJリーグに上がりたいと思っています」
 
 6代目となる野々村芳和チェアマンが、我那覇の現役中に正式な名誉の回復と謝罪、そして選手のために立ち上がったくれたことに対する感謝を述べて、川崎に制裁金を返還することをあらためて期待する。プレーヤーズファーストの精神に誠実なチェアマンとして歴史に名を遺すとはそういうことだ。それまではこのドーピング冤罪事件を風化させてはならない。

プロフィール

  • 木村元彦

    木村元彦 (きむら・ゆきひこ)

    ジャーナリスト。ノンフィクションライター。愛知県出身。アジア、東欧などの民族問題を中心に取材・執筆活動を展開。『オシムの言葉』(集英社)は2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞し、40万部のベストセラーになった。ほかに『争うは本意ならねど』(集英社)、『徳は孤ならず』(小学館)など著書多数。ランコ・ポポヴィッチの半生を描いた『コソボ 苦闘する親米国家』(集英社インターナショナル)が2023年1月26日に刊行された。

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