横浜FMの天野純が味わった歓喜と辛酸 韓国での「最高のシーズン」と過酷な日々の落差 (2ページ目)
ベルギーでの挑戦は成功とは言えないですけど、厳しい環境に身を置いたことで、帰国後、パフォーマンスが上がったのを感じたんです。そういう成功体験があったので、もう1回、挑戦したい。このまま終わっていくのは嫌なので、知らない環境に飛び込んでプレーしたほうがいいと思ったんです」
韓国のKリーグは、日本のJリーグのサッカーとはスタイルが異なる。伝統的にフィジカルを前面に押し出し、前に蹴って走るサッカーが主流だ。一方、天野のスタイルはボールをできるだけ多く触り、スルーパスやコンビネーションで攻撃の形を作っていく。"蹴るサッカー"が主の韓国で、天野のプレーが活きるとはあまり思えなかった。
――韓国では、今も中盤の頭の上を(ボールが)越えていくサッカーがメインですよね。そういうサッカーに天野選手のスタイルとの親和性があるのか、すごく不思議に思ったのですが。
「確かに韓国の90%以上がそういうスタイルなので、自分も行くと決めたけど、本当にいいのかなって何回も思いました。実際に韓国に行くと、イメージどおりのサッカーでしたね。試合は普通に肉弾戦ですし、(試合中に)柔道の技をかけられるんですよ。なので、自分はうまく逃げていました(苦笑)。
でも、蔚山だけは違ったんです。日本に近いというか、洪明甫(ホン・ミョンボ※)さんが監督なんですけど、戦術的でパスをつなぐサッカーでした」
※1990年代~2000年代前半にかけて活躍した韓国を代表するトッププレーヤー。W杯4大会に出場。Jリーグのベルマーレ平塚、柏レイソルでもプレー。
――韓国における外国人選手への視線はいかがでしたか。
「日本より外国籍選手への風当たりは厳しいですね。活躍すれば本当に温かく応援してくれるんですけど、ダメだと異常に冷たい(苦笑)。試合で調子が悪かったりすると、もういらないよ、みたいな感じになるんです。
しかも、練習に参加させてもらえなくなる。日本じゃそんなこと絶対にないじゃないですか。もう結果がすべて。めちゃくちゃシビアでした」
――評価基準は、得点やアシストですか。
「FWはもうそれしかないですし、僕ら中盤の選手は、プロセスを評価してくれる部分もあるんですけど、やっぱり数字ですね。個人的にはスコアポイントをどれだけ取れるかというところにこだわってやっていました」
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