「ふざけんなよ、自分の体!」――田中順也が「娘から辞めないで」と言われながら現役引退を決断したわけ (3ページ目)

  • 浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki

 実のところ、現役引退を発表した次の日にも、田中は思わぬケガに見舞われていた。

「(練習中に)ボールを奪うために左足をパッと伸ばした時に、右の内転筋を肉離れしてしまって......。引退するまでの残り4試合は全部出るつもりで、『1点でも多く取れるように頑張ります』って宣言した翌日にケガをして、『ふざけんなよ、自分の体!』と(苦笑)」

 田中によれば、初めて肉離れを経験したのは、「32歳の時」。それまで筋肉系のケガとは縁がなく、「とにかく年間を通してほとんどケガをしない。メディカルにお世話にならない。それでずっとやってきた」にもかかわらず、である。

「初めて肉離れをしてからは、それ(体の変化)とつき合いながら、って感じでした。だから僕の予想では、たぶん無理してもう1年(現役で)プレーしても、やっぱり1年間のどこかでそういうことが起こりうるだろうなっていうのがあって、それを起こさないためには1日のすべてをかけてケアをしてっていう未来が見えるようになっていた。だから、ここらへん(で引退)かな、と。

 たぶん僕のトップフォームは、2013年とか、2014年とか、そのあたりだったので、ちょうど10年前か......。あの感覚のまま、ずっとサッカーをやりたかったですね(笑)」

 もちろん、引退の決断は、発表前に家族には伝えていた。

「妻とは日々コミュニケーションが取れていたし、日々悩んでいたのも隣で見ている。僕の感情の起伏みたいなものを常に感じてきていたので、引退すると言っても驚かなかった。『ここまでよくやったね』って感じでした。

 スポルティングへ移籍する時にも、一緒に行くって言ってくれて、当時は妻も仕事をしていたのに、そうやって自分のためについてきてくれるのはありがたかった。僕が移籍するたびに引っ越ししても、全部ついてきてくれたのは本当にうれしいことです」

 ただ、9歳の娘からは「辞めないでって言われた」という。

「学校で男の子たちに一目置かれるらしくて。父親がサッカー選手は、結構"使える"って言ってました(笑)」

 だが、そんな願いも虚しく、自慢のお父さんは「気持ちはやりたいんだけど、体がね」と苦笑。愛娘の引き留めも、翻意にはつながらなかったわけだ。

 2023年12月に引退発表の記者会見を開いてから、1カ月あまり。まだ現役を退いて日は浅いが、「しっかり肉がついてきました」と言って腹周りをさする田中は、「新しい仕事が始まったら、ちゃんと鍛える時間も確保しないと」と苦笑する。

3 / 4

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る