森島寛晃が責任を痛感した監督の寝言とは。終了間際の失点で優勝を逃した「長居の悲劇」の衝撃 (4ページ目)

  • 佐藤俊●取材・文 text by Sato Shun
  • photo by Getty Images

「その瞬間は今もスローモーションのように覚えています。シュートをブロックしたあと、人がめちゃくちゃおるのにボールが今野のところにスポんと落ちて、打たれた。その時、誰かいけやって叫んだんですけどね。でも、なんで、そこにボールがこぼれて、決められるのかなと......。決められた瞬間、ちょっと今野が嫌いになりました」

 2-2が表示された電光掲示板のタイムが消え、3分のアディショナルタイムに入った。同点弾で失意の底に沈んだ選手の足取りは幽霊のように力がなく、1点をとりにいくための気持ちを整えるのに、3分は短すぎた。どの選手もショック状態のまま時間が淡々と過ぎていった。

「ここを耐えられたら優勝できるというワンプレーだったけど、最後の最後で相手にやられて、ガクンとなってしまった。まだ、3分間あったけど、気持ちを切り替えてというのはほんまに難しかった。過去3回の苦い経験で、笛が鳴るまで何が起こるかわからないから、最後の最後まで勝ったという気持ちにならずに全力でプレーしようと言っていたし、みんなもそのことを理解してやっていたと思うんですが......。またかと思うと、ほんまに悔しかったですね」

 試合終了の笛が鳴ると、スタジアムは通夜のように静まり返った。ほどなく電光掲示板にG大阪が川崎Fに4―2で勝利した結果が映し出され、優勝を決めた。セレッソは引き分けに終わり、首位から5位まで滑り落ちた。

 その夜、森島は選手数人と食事に出かけた。もともと飲めるタイプではないが、その日はやけにお酒が進んだ。

「負けた時って、その瞬間も悔しいですけど、時間の経過とともにジワジワくるんですよ。ご飯食べながらあーって悔しさがこみ上げてきて、ほんまにしんどかったです」

 西澤は、モリシを胴上げできなかったことを悔いていた。チームでは年齢的に上になり、チームのバランスもよくて、勢いもあった。このチームで優勝したい気持ちが強かった。もう1点決めていればと思ったが、それは森島も同じ気持ちだった。

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