2018.12.29

「ドクトル・カズ」森﨑和幸が振り返る
名監督たちとの出会い

  • 原田大輔●取材・文 text by Harada Daisuke
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki

森﨑和幸インタビュー@中編

 かつてミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現・北海道コンサドーレ札幌監督)は、森﨑和幸のことを「ドクトル(ドイツ語で博士の意)」と言い表した。それは、正確なパスで攻撃のリズムを作り出し、チームの方向性をも修正してしまう戦術眼にあった。森﨑のパスにより、チームは攻めるべきタイミングを理解し、攻めるべき形をも見極めていった。

 のちに森保一監督(現・日本代表監督)のもと、サンフレッチェ広島が3度のJ1優勝を成し遂げられたのも、けっして目立たないが、ピッチの指揮官と呼ばれる森﨑の功績が大きかった。

「ドクトル・カズ」はいかにして戦術眼やゲームコントロールを身につけていったのか――。そこには、ともにプレーした選手の影響があった。

「森﨑和幸インタビュー@前編」はこちら>>>

森﨑和幸はサンフレッチェというクラブの歴史そのものだ―― 2002年からサンフレッチェを指揮した小野剛監督(現・FC今治監督)からの期待もあって、代名詞でもあるゲームコントロールであり、試合のリズムを作るプレーを心掛けるようになっていったのでしょうか?

森﨑和幸(以下:森﨑) 自分のなかでは、試合をコントロールしようとか、そういうプレーがやりたいと思ってきたわけではなかったんですよね。でも、一番刺激を受けたのは、(セザール・)サンパイオ(※)だったんです。彼のそばでプレーしたことで、試合の流れを読むとはこういうことか、というのを学びました。

※セザール・サンパイオ=1995年に現役ブラジル代表MFとして横浜フリューゲルスに入団。その後、2002年に柏レイソル、2003年〜2004年に広島でプレー。

 サンパイオは、試合の時間帯であったり、流れ、チームの状況に応じて、その時々で何をしなければいけないのかをわかっていた。加えて、ボランチというポジションながら、試合の結果を自分で左右することができたんです。

―― というと?

森﨑 要するにサンパイオは、自分で試合を決めることができたんです。残り10分で試合に負けていれば、彼は自ら前線に上がっていった。それでチャンスと見るや、ゴール前まで駆け上がり、ヘディングや足で得点を決めてしまいましたから。彼からは本当に多くのことを吸収しましたけど、残念ながらその領域までは到達できなかったですね。