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「フジタ」撤退から激動の10年。
それでもベルマーレは消滅しなかった (5ページ目)

  • 川端康生●文 text by Kawabata Yasuo
  • photo by Kyodo News

 フジタがメインバンクからの融資打ち切りの通告を受けて以降、水面下で重ねてきたそんな折衝の末に導き出したぎりぎりの存続策。それが、この日の会見で重松が語った"自力経営"案だったのである。

「Jリーグ創設のときに、10年先はどうなるかと思っていたが、世の中の大きな流れの中で企業スポーツの難しさに直面した。最初の"理念"に近い形で何とか存続させたい。地元に応援してもらいやすい形にして......」

 そう結んだ重松は、「大袈裟に言えば『ベルマーレの生き残りをかけた挑戦』ということですな」と穏やかに笑ったのだった。

 撤退が発表された翌1999年、重松の予告どおり、中心選手が抜けたチームは年間4勝しか挙げられず、最下位でJ2へ降格。その年末にはフジタが完全撤退する。

 しかし、チームは新会社『湘南ベルマーレ』が引き継ぐことになった。何はともあれ、ベルマーレは存続したのである。

 そんなふうに新会社が立ち上がり、チームが存続できた陰には実はフジタの力があった。

「あのお金がなかったら無理だったと思う。フジタが残してくれた資本金2億4100万円。あれが存続資金になった」

 そう振り返るのは、新会社への移行に関わり、その後社長、会長としてクラブを切り盛りしてきた眞壁潔だ。

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