2015.09.12

【育将・今西和男】李漢宰「サンフレッチェ広島で世界観が広がった」

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko
  • 織田桂子●写真 photo by Oda Keiko

『育将・今西和男』 連載第7回
門徒たちが語る師の教え FC町田ゼルビア 李 漢宰(1)

現在はJ3FC町田ゼルビアでプレイする李漢宰(リ・ハンジェ)。 キャプテンとして、チームを引っ張る存在

 李漢宰(リ・ハンジェ)が倉敷朝鮮初級学校4年のときにJリーグが開幕すると、創成期の爆発的なブームが日本列島を包んだ。民族学校における校技ともいえるサッカーに熱中していたハンジェは当時、在日で初めてのJリーガーになった申在範(シン・チェボン)に憧れて、申の所属するジェフ市原を応援していた。それでいて自身の将来について描いた夢は、プロ選手になることではなかった。

 幼少期から人一倍民族心の強かったハンジェのそれは、在日朝鮮蹴球団に入り、ゆくゆくは北朝鮮代表に選出されて、日本代表と試合をすることであった。自分にとってのヒーローはジーコ、リトバルスキーといった世界的なスーパースターではなく、あくまでも在日のサッカー選手たちだった。その気持ちは揺らぐことなく持ち続けていたが、広島朝鮮高級学校の2年のときに入団を志していた蹴球団が諸事情によって解散してしまう。

 目標を失ってしまったハンジェは進路を考え直した。そのときに改めて思い浮かんだ希望が、Jリーガーだった。しかし、広島朝高は予選の下馬評は高かったものの、インターハイや高校選手権に出場できたわけではなく、ハンジェ自身も知名度は低かった。朝鮮高級学校から直接Jリーグのチームに入った選手は(現在でも)誰もおらず、自信はあったとしても、自分ひとりの力ではアプローチできるものではなかった。