サッカー日本代表・森保一監督が考える次のフェーズ 「1番から11番まで、どういう選手が必要なのか明確にしたい」 (4ページ目)
【団結すれば見える景色を変えられる】
── そう言われると、僕自身は優勝するために何をしなければならないのか、という考えに立っていませんでした。
「それぞれの立場で、世界一になるって何だろう、どうすればいいんだろう、と考えてもらえたらうれしいです。メディアのみなさんなら『世界一を目指すなら、ここはこうしないといけないだろう』とか、『ここはどうなんだ?』といったように、すべてを否定するのではなく、ちゃんと積み上がっているかという問いかけをしてくれたら、と」
── 世界一になるために、自分が何をしなければならないのかを、それぞれの立場で考えると。
「日本人は一度目標を立てたら、絶対に到達できる。我慢強く継続性を持って、献身的に、勤勉にがんばることができる。バトンをつないで目標へ向かっていく。それは自信を持って言える。だから、『ワールドカップ優勝を目指す』と発信しました。サッカーファミリーがその思いのもとに団結すれば、見える景色を変えることができると信じています」
── 言えば達成できるわけではないですが、言わなければ現実的な目標にはなりません。
「今の日本サッカー界なら、言わずとも近づいていけると思います。ただ、そのスピードを上げるために発信するべきだろうと」
── 9月からの活動でも、ワールドカップ優勝という目標からの逆算でチームを強化していく。
「アジアカップ優勝を狙うのはもちろんですが、アジアのトップを目指しつつも世界を意識する。それはこれまでと変わりません。目前の試合で結果を追い求めながら、どんな相手にも勝てる力をつけていく。それに尽きると思います」
北中米ワールドカップの結果は、誰にとっても満足できるものではない。森保監督の指導力があらためて問われ、来年2月までの続投を疑問視する声もある。
そうした意見に、納得できるところはある。そのうえで言えば、森保監督は日本代表の歴史を踏まえながら目前の戦いに挑み、5年後、10年後を見据えている。
篤実な指揮官は、ロマンとリアルを両立させているのだ。
(了)
【profile】
森保一(もりやす・はじめ)
1968年8月23日生まれ、長崎県長崎市出身。1987年に長崎日大高からマツダ入り。1992年にハンス・オフト率いる日本代表に初招集され、翌年「ドーハの悲劇」を経験。サンフレッチェ広島→京都パープルサンガ→ベガルタ仙台を経て2003年限りで引退。2012年に広島監督に就任して3度のJ1制覇。2017年から東京五輪代表、2018年からA代表を率い、2022年カタールワールドカップでベスト16入り。2026年北中米ワールドカップ後も続投して2027年アジア杯まで指揮する。日本代表通算35試合1得点。ポジション=MF。身長174cm。
著者プロフィール
戸塚 啓 (とつか・けい)
スポーツライター。 1968年生まれ、神奈川県出身。法政大学法学部卒。サッカー専
門誌記者を経てフリーに。サッカーワールドカップは1998年より 7大会連続取材。サッカーJ2大宮アルディージャオフィシャルライター、ラグビーリーグ ワン東芝ブレイブルーパス東京契約ライター。近著に『JFAの挑戦-コロナと戦う日本 サッカー』(小学館)
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