【ワールドカップ】サッカー日本代表を名将たちはどう見たか ファン・ハール、クロップ、フリック... (3ページ目)
【ザッケローニ「少し狡猾に」】
その「あと一歩」を最も率直に語ったひとりが、元日本代表監督のアルベルト・ザッケローニだった。彼はイタリアの名物記者イヴァン・ザッザローニにこう話した。
「フェアプレーはもちろん大切だ。しかし国際舞台では、いつもフェアプレーだけで試合が進むわけではない。少し狡猾に戦うことは、フェアプレーを捨てることではない。相手の"ずる賢さ"にも対応できるようにならなければならない」
日本は正しく戦う。それは世界中が認める長所である。しかし、ワールドカップの決勝トーナメントでは、正しさだけでは勝ちきれない場面が必ず訪れる。時間の使い方、ファウルのもらい方、試合の流れを断ちきる技術、感情を揺さぶる駆け引き......。そうした勝負の機微を知っている国ほど、大舞台では一歩先へ進んでいく。
そういえば日本のサッカーを知り尽くすアルシンドも、以前、筆者と対談した際に同じことを口にしていた。
「日本のサッカーは、プロフェッショナルとしても、フィジカル面でも、本当に驚くほど成長した。技術的な土台も非常に高い。でも、世界の頂点を目指すなら、それだけでは足りない。南米の選手たちが持っているような"ずる賢さ"や"したたかさ"を、ほんの少し身につける必要がある」
興味深いのは、彼らが求めているのは「日本らしさ」を捨てることではないという点だ。規律も誠実さもフェアプレーも、日本サッカーの財産である。それを失うことなく、勝負師としての一面を身につけられるか。世界は、日本がそこまで到達できると信じているからこそ、その課題を指摘するのである。
この問題を、何年も前から見抜いていた人物がいた。日本代表監督も務めた故イビチャ・オシムである。
「日本のサッカーは、技術も戦術も驚くほど成長している。しかし、本当に苦しい時間帯には、もっと勇気を持たなければならない。規律を守ることばかりを考えるのではなく、自分で状況を変える勇気が必要だ」
オシムが語った「勇気」とは、無謀なプレーという意味ではないだろう。決められた形が通用しなくなった瞬間、自らの判断で流れを変える覚悟である。ブラジル戦の後半、日本は自陣に押し込まれ、自分たちのサッカーを見失った。あの90分を思い返せば、オシムの言葉が今なお色あせていないことに気づかされる。
3 / 5


