【サッカー日本代表】ロス五輪世代のアジア制覇に、セルジオ越後「結果を出したのに、報道が少ないのは残念」「僕が選ぶMVPは...」 (2ページ目)
【早くA代表に呼ばれ、定着してほしい】
この世代が目指す2年後のロス五輪、男子サッカーの出場国はそれまでの16から4チーム減って12となる。アジアの出場枠は3.5から2に減る。ワールドカップよりも本大会出場のハードルははるかに高い(※北中米ワールドカップのアジア枠は8.5)。
しかも、アジア予選での海外組の招集が難しい。今回のメンバーでも、主将を務めた市原吏音(RB大宮アルディージャ)が帰国後すぐにクラブを離れ、オランダのAZと契約を結んだ。A代表でプレー経験のある佐藤と大関友翔(川崎フロンターレ)の海外移籍も時間の問題だろう。
オリンピックの位置付けが昔とは変わってきて、アジア予選はおろか本大会ですらベストメンバーで臨むのは難しくなりつつある。実際、ヨーロッパにはオリンピックを重要視していない国も多い。でも、日本はオリンピックが大好きな国民性だし、そこに出てメダルを獲ればサッカー人気が盛り上がる。だから、日本サッカー協会には、海外組も招集できるよう、地道にロビー活動を頑張ってもらうしかない。
一方で、この世代の選手たちに求めたいのは、早くA代表に呼ばれ、定着してほしいということ。厳しいことを言えば、今年のワールドカップに出られる選手はいないだろう。塩貝も佐藤も難しいと思う。試す時間もない。選手の平均レベルは年々上がっていて、誰がプレーしてもある程度は計算が立つ。それは頼もしいことだけど、A代表でポジションを奪えるほど突き抜けたものを持っている選手はまだ見当たらない。そこは明確な課題だ。
歴代の五輪代表を見れば、A代表と両方でプレーしている選手が何人もいた。6月開幕のワールドカップには間に合わないにしても、その後の新体制ではこの世代からひとりでも多く選ばれるようになってほしいね。
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著者プロフィール

セルジオ越後 (せるじお・えちご)
サッカー評論家。1945年生まれ、ブラジル・サンパウロ出身。17歳の時に名門コリンチャンスのテストに合格し、18歳の時にプロ契約を結び、MF、FWとして活躍した。「エラシコ」と呼ばれるフェイントを発案し、ブラジル代表の背番号10を背負った同僚のリベリーノに教えたことでも有名。1972年に日本リーグの藤和不動産(湘南ベルマーレの前身)から誘いを受け、27歳で来日。1978年から日本サッカー協会公認の「さわやかサッカー教室」で全国を回り、開催1000回以上、のべ60万人以上を指導した。H.C.日光アイスバックスのシニアディレクター。日本アンプティサッカー協会最高顧問。公式ホームページ【http://www.sergio-echigo.com】
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