検索

【サッカー日本代表】ロス五輪世代のアジア制覇に、セルジオ越後「結果を出したのに、報道が少ないのは残念」「僕が選ぶMVPは...」

  • 渡辺達也●構成 text by Tatsuya Watanabe

セルジオ越後の「新・サッカー一蹴両断」(25)U23アジアカップに、日本は21歳以下、しかも海外組を欠くメンバー構成で臨みながら、危なげない戦いぶりで優勝 photo by Hiroyuki SatoU23アジアカップに、日本は21歳以下、しかも海外組を欠くメンバー構成で臨みながら、危なげない戦いぶりで優勝 photo by Hiroyuki Sato

 サウジアラビアで開催されたU23アジアカップ(1月6日~24日)、大岩剛監督が率いる日本は2年後のロサンゼルス五輪を目指す21歳以下の選手たちで臨み、見事に優勝を遂げた。おなじみのご意見番、セルジオ越後氏に収穫と課題を聞いた。

【A代表よりもミドルシュートに積極的】

 どんな大会でも、優勝はすばらしい。(U-21日本代表の)若い選手たちがやってくれた。地上波の中継がなかったのは仕方ないけど、最高の結果を出したのにメディアの報道が少ないのは残念だ。

 日本の戦いぶりを振り返ると、苦戦したのは、PK戦までもつれこんだ準々決勝のヨルダン戦(1-1)と準決勝の韓国戦(1-0)の2試合。ヨルダンはA代表がワールドカップ初出場を決めて勢いがある。韓国は日本戦でいつも頑張るし、そもそも"2歳上"のチームだ。いずれも厳しい試合展開だったけど、かといって、ずっと押されていたわけでもなく、しっかり勝ち上がった印象だ。

 ウズベキスタンやイランといった"やっかいな相手"との対戦がないなど、組み合わせに恵まれた面もあったけど、前述のヨルダン戦、韓国戦以外は、すべて楽勝だった。決勝の中国戦(4-0)も相手に歯応えがなく、得点を決めた選手の喜び方も抑えめだった。大岩剛監督も負けることはないと確信していたのだろう。終始、落ち着いていた。

 今回の日本は、塩貝健人(ヴォルフスブルク)、後藤啓介(シントトロイデン)、小杉啓太(フランクフルト)といった海外組を招集できなかった。それでも、こういう結果を出せたのは、選手の平均的なレベルが上がっていると言えるし、チームの底上げにつながった。

 相手のレベルがそれほど高くないこともあって、特に攻撃面のよいところがたくさん目についたけど、なかでも僕がすばらしいと思ったのは、選手たちのミドルシュートへの意識だ。A代表よりも積極的に打っていたね。

 試合を観ていて、「そこはパスじゃなくてシュートだろ」「なんで打たないの?」といったストレスを感じることがほとんどなかった。ヨーロッパのトップリーグの試合を観ればわかるように、ペナルティエリアの外からでもどんどんシュートを打つのが今のサッカー。今後もその意識を忘れないでほしい。

 個人的にMVPを選ぶなら、アンカーに入った小倉幸成(法政大)だね。どの試合でも、中継画面に一番たくさん映っていた。それだけ守備でも攻撃でも仕事をしていた証拠だ。高さはないけど(167cm)、運動量が豊富で、守備時の1対1では負けない。攻撃ではパスも出せるし、シュートも打てる。何よりよく声を出して、チームを仕切っていたのがよかった。

 例えばA代表の佐野海舟(マインツ)などと比べれば、まだまだ差はあるけど、将来が楽しみな選手だ。大学でプレーするのはもったいない。早くJリーグで観たいよ。

 ほかにも、GKの荒木琉偉(ガンバ大阪)は毎試合安定していて、危ないシーンでのファインセーブも光った。大会MVPと得点王を獲得した佐藤龍之介(FC東京)はすでにA代表にも呼ばれているだけあって、さすがにこのチームでは目立っていた。

1 / 2

著者プロフィール

  • セルジオ越後

    セルジオ越後 (せるじお・えちご)

    サッカー評論家。1945年生まれ、ブラジル・サンパウロ出身。17歳の時に名門コリンチャンスのテストに合格し、18歳の時にプロ契約を結び、MF、FWとして活躍した。「エラシコ」と呼ばれるフェイントを発案し、ブラジル代表の背番号10を背負った同僚のリベリーノに教えたことでも有名。1972年に日本リーグの藤和不動産(湘南ベルマーレの前身)から誘いを受け、27歳で来日。1978年から日本サッカー協会公認の「さわやかサッカー教室」で全国を回り、開催1000回以上、のべ60万人以上を指導した。H.C.日光アイスバックスのシニアディレクター。日本アンプティサッカー協会最高顧問。公式ホームページ【http://www.sergio-echigo.com】

キーワード

このページのトップに戻る