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サッカー日本代表のブラジル戦ベストゲームは? ブラジル人記者「最も濃密で興味深い試合だった」 (2ページ目)

  • リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon
  • 利根川晶子●翻訳 translation by Tonegawa Akiko

【印象に残っているケルンでの一戦】

 しかし、まず私を驚かせたのは日本のサポーターだった。彼らのようなサポーターを私はそれまで見たことがなかった。皆おそろいの、まるで新品のようなきれいなユニホームを着て、一糸乱れず旗を振り、正確なリズムで太鼓をたたいていた。まるで何かのショーを見ているようだった。

 そんな日本サポーターの熱い視線は、三浦知良に注がれていた。彼は自分がプレーするだけでなく、皆に指示を与え、チームをコントロールしていた。そのおかげか日本は中盤をタイトに保ち、スペースを与えず、こじ開けようとするブラジルに対してコンパクトにまとまって対峙していた。

 この日のブラジルは、ロナウドに加え、史上最も攻撃的なDFロベルト・カルロスを擁し、果敢に攻めていた。しかし日本はそんなブラジルを前にしても崩れなかった。結果は0-3でブラジルの勝利だったが、私は試合を見ながらメモにこう書いたのを覚えている。

「日本は負ける時さえどのように負けるかを考えている。心を失うことなく負ける、その術を知っている」

 最も強く印象に残っている試合を挙げるとしたら、それは2005年にケルンで行なわれたコンフェデレーションズカップだ。2-2の引き分けで終わったあの試合は、私がこれまでの人生で見てきたなかでも最も濃密で、最も興味深く、最も複雑な試合のひとつだった。

 日本のベンチに座るのはブラジルの偉大なスター、ジーコ。彼の唯一の使命は、日本サッカーの変革だった。私は、中村俊輔が縦パスを出し、サイドチェンジを軽々とこなし、チームにバランスをもたらすのを見て目を見張った。それは「ブラジル風」な日本だった!

 この試合の日本は、それまでのようにただ全力で攻撃するだけでなく、さまざまな策を駆使し、なにより狡猾だった。ブラジルはスペースを探したが、日本は素早いカバーリングと予測不可能なスキームでスペースを塞いだ。伝説のFWロナウジーニョは動き回り、突破しようとする。しかしボールを持つ前に、すでに日本DFに執拗にマークされ、どのように攻めるか考える隙さえも与えられなかった。ブラジルを抑えるには、才能だけでは足りない。しっかりとした戦術的基盤が必要であるということを、あの日の日本は教えてくれた。

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