「サッカー日本代表を久保建英が救った」でいいのか ワールドカップ出場決定も森保一監督の「惨劇に近い采配」に不安
3月20日、2026年W杯アジア最終予選で日本はバーレーンを2-0と下し、世界最速で8大会連続本大会出場を決めている。それは戦い続けた勲章と言える。ひとつの祝祭だ。
しかし、チームは無残なほど構造的欠陥をさらけ出していた。
3バックはそれぞれの距離が近すぎ、強豪だったらはめ込まれていただろうし、バーレーン相手でも効果的なビルドアップができなかった。ウイングバックの堂安律、三笘薫は宝の持ち腐れで、彼らが最終ラインまで下がることで攻撃は鈍化し、守備は危うさが出た。中盤はボールを引き出せず、距離感の悪さのなかで埋没。ロングボールが飛び交い、シャドーやFWは孤立していた。
森保一監督は、これだけ仕組みが破綻したチームを提示し、試合中に何ひとつ、改善させることができなかった。世界レベルの選手がひとりもいないバーレーンのほうが、「サッカー」になっていた。それは、"惨劇に近い采配"だったことを意味している。
しかし、久保建英がチームの抱えた問題を解決し、窮地から救っている。縦パスを引き出して受けると、相手の裏をかく形で鎌田大地の決勝点をアシスト。さらに疾風迅雷のドリブルで、GKのニアサイドを破る左足シュートを決めた。まさにワールドクラスの個人が森保ジャパンの救世主になったわけだが......。
バーレーン戦でマン・オブ・ザ・マッチに選出された久保建英 photo by Nakashima Daisukeこの記事に関連する写真を見る「前半からかなり難しい試合になって......バーレーンも冬のガルフカップに勝って上り調子のなか、僕たちは耐えるところは耐えて、後半に刺すところは刺して、強者の戦い方ができたのかなって思います」
久保はマン・オブ・ザ・マッチの会見で、そう試合を振り返っている。前回、カタールW杯予選の時の10代のルーキーではない。23歳の成熟したトッププレーヤーである。物事のいい面を語り、悪い面は触れない、という大人の話し方ができる。
スペイン挑戦6シーズン目の久保は、チームがどれだけ不調でも結果を叩き出せる選手になった。それこそ、最終予選における最大にして稀少な収穫と言える。彼はほとんどひとりでバーレーンという集団を叩き潰した。
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著者プロフィール
小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。