なでしこジャパン、善戦もパリオリンピック準々決勝敗退 またしてもつきつけられたベスト8の壁 (3ページ目)

  • 早草紀子●取材・文 text by Hayakusa Noriko

【総力戦が奏功しチーム力は高まったが......】

 日本の窮地を救ったのは、大会直前にもたらされたバックアップメンバー起用についてのルール変更だ。18名が故障や体調不良などでプレーができない場合にバックアップメンバーはベンチ入りを許され、状況が回復すればベンチ外となった選手が再び戻ることができるようになった。文字通り実質22名で戦えるようになったのだ。

 初戦で清水を欠き、第2戦前に藤野が古傷をこじらせ、その後最終ラインの左右に入って奮闘していた18歳の古賀塔子(フェイエノールト)、そして谷川らが続々と体調不良で戦列を離れていく......ルール変更がなければチームは崩壊していたことだろう。池田監督が苦しい台所事情のなか生み出していった配置で、最悪の状態を回避させた。

 早々に総力戦に切り替えざるを得なかったが、それが功を奏し、誰もが与えられたポジションで役割を十分に発揮。チーム力はかつてないほどに高まった。

 しかし、ベスト8の壁を越えるためには、攻撃力の強度をさらに高める必要がある。例えば判断力においてもそれは言える。どんな強豪国を相手にしても、個々が0.1秒詰めることができれば、フィニッシャーにボールが渡る時にはわずかに余裕が生まれるはず。

 今回、シュートブロックを受ける回数が多く見られたが、どれだけ芯を食ったシュートでも、すでに相手の守備網に入ってしまっていてはコースがない。タイミング、クイックネスを含め、まだ向上の余地はあると見た。判断力、スピード、耐久性、スタミナ含め、わずかずつでも個々のステップアップが積もっていけば、攻撃の強度は確実に上がる。ベスト8の壁を打ち破る必須条件だ。

 たら・ればを挙げればキリがないが、それでも数々のアクシデントには意味があったと思いたい。失ったもの、それで得られたもの、すべてひっくるめて今できることはすべて出しきった戦いだった。集大成となった準々決勝、この一戦は確かに見る者の心を動かした。ほぼアウェー状態だったスタジアムで起きた多くの拍手がそれを物語っていた。

著者プロフィール

  • 早草紀子

    早草紀子 (はやくさ・のりこ)

    兵庫・神戸市生まれ。東京工芸短大写真技術科卒業。在学中のJリーグ元年からサッカーを撮りはじめ、1994年からフリーランスとしてサッカー専門誌などに寄稿。1996年からは日本女子サッカーリーグのオフィシャルカメラマンも担当。女子サッカー報道の先駆者として、黎明期のシーンを手弁当で支えた。2005年より大宮アルディージャのオフィシャルカメラマン。2021年から、WEリーグのオフィシャルサイトで選手インタビューの連載も担当。

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