トルシエ監督の「奇策」の真相。山本昌邦が日韓W杯トルコ戦で三都主と西澤明訓を抜擢した理由を明かす (3ページ目)

  • 浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki
  • photo by Getty Images

 当時が2回目のワールドカップ出場だったトルコにしてみれば、開催国で勢いに乗る日本を相手に、それは当然の対応だったのかもしれない。

 だが、日本にとっては予想外の"リスペクト"。完全に出鼻をくじかれた。

「事前の分析では、右からの攻撃がトルコの強みだと思っていたのが、まったくその逆で守備的に戦ってきた。もちろん、トルコが普通どおりにやってきてくれたら、分析が生きたとは思いますけど......」

 結局、トルコ対策で起用されたはずの三都主は、前半のみの出場で交代。後半開始から代わって鈴木が投入されたのに加え、稲本潤一に代わって市川大祐が投入されたが、残り5分というところで、再び市川に代わって森島寛晃が投入された。

 結果論とはいえ、チグハグな選手起用に終始した感は否めなかった。

「交代カードを1枚無駄にした感じになって、交代の交代はもったいなかった。そもそもトルコ戦当日が雨だったことを考えれば、先発はスピードのあるアレックスよりも、馬力がある(鈴木)隆行のほうがよかったのかもしれない。そういうわずかなことが積み重なって......、それでも先に1点とれていれば、とは思いますけど......ね」

 しかしながら、"奇策"が失敗に終わったとはいえ、それだけが敗因ではなかったのもまた事実だろう。

「あの時のトルコはベスト4まで行きましたし、いいチームでした」

 そう語る山本は、それと同時に、未知の世界に足を踏み入れた日本代表の経験不足を指摘する。

「もちろん、トルコに勝ちたいとは思っていました。でも、考えてみてください。

 初戦でベルギーと2-2で引き分けて、ちょっと悔しい勝ち点1。でも、『初めての勝ち点1は新しい歴史だ。次だぞ、次!』って、試合後のロッカールームも引き締まる。

 そして2戦目のロシア戦で、初めてワールドカップで勝ったわけですけど、そこでかなりエネルギーを使っている。

 そのなかで3戦目のチュニジア戦。まだ決勝トーナメント進出は決まっていないからと、もうひと踏ん張りしてどうにか勝った。でも、前半は明らかに選手の動きが重かったですからね。全然動けないのを見て、『これはヤバい』と思っていました」

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